
ジクロロ
@jirowcrew
2026年9月30日
ファンタジア
ブルーノ・ムナーリ,
Bruno Munari,
萱野有美
読んでる
子供は壮大なファンタジアの持ち主だと多くの人が信じている。なぜなら、現実的でないものを子供のイタズラ書きや話す内容から感じ取るからだ。あるいは、大人は、自分がずいぶん条件づけられて行き場のない状態にあるから、もう子供と同じようには発想できないと感じ、子供の壮大なファンタジアを信じ込んでいるのかもしれない。しかし実際には、子供もきわめて単純な操作をしているに過ぎない。つまり、子供はよく知らないものに知っているものを投影しているのだ。
(p.30)
大人は、ファンタジアによって「ごまかし」がきく。
「子供はよく知らないものに知っているものを投影しているのだ。」
子どもは、いつもごまかしがきかない。もっているものだけで、その場を生きなければならない。「逃げる」こともまた「ごまかし」の一手段であり、それすらもできない。
「ごまかしがきかない」、それを純粋と呼ぶのだろう。
子どもの健気さと切なさと無力さと。
『せんせいあのね』の文章に感動を覚える理由がわかった気がする。

