Miyoshi "書店員の怒りと悲しみと少しの..." 2026年10月4日

Miyoshi
Miyoshi
@dog
2026年10月4日
書店員の怒りと悲しみと少しの愛
書店員の怒りと悲しみと少しの愛
前田隆紀,
大塚真祐子,
モーグ女史,
小国貴司,
嶋田詔太,
水越麻由子,
笈入建志,
篠田宏昭
読みながら、どうしたらこの業界にいる人たちが、もう少しずつでも幸せになれるのだろうかと考えていた。 本の価格は版元が決める。仕入れは取次によってほぼ決まる。書店が生き残るには、書籍が売れたときに書店に入る取り分、つまり掛け率を上げてもらうしかない。 一方で、トラック新法を踏まえた物流費の上昇を背景に取次から号令がかかり、版元の掛け率見直しが進みつつある。 では版元に余裕があるのかといえば、そうでもない。一冊の本の価格を分解したとき、版元に最終的にどれだけ残るのかは、大塚氏が本書の最終章で示しているとおりである。 実際、大手出版社の直近決算を見ると、 集英社:減収減益 講談社:減収増益 小学館:減収減益 KADOKAWA:増収減益 となっている。大手4社で、増収は1社、最終増益も1社、増収増益は0社である。 取次や書店の取り分を増やせば、その負担は本の価格に転嫁される。これは版元の決断ではなく、そもそも取次からの提言にもあるグランドデザインだ。 では、その価格を読者は支払えるのだろうか。制度変更を待つまでもなく、紙代、印刷費、人件費、物流費などの上昇によって、本の価格はすでに上がり続けている。 みんな、自分の想像が及ばないところにはお金があると思っている。私は中央線沿線に住んでいて、本書にも登場する今野書店にもよく行く。地下にあった夢のように広い漫画売場がジムになり、一階の海外文学の棚が縮小されたとき、私は「自社ビルなら、書店より家賃収入のほうが儲かるのか。なんてつまらない商売をするんだろう」と思った。本書で事情を知った。全然違った。 版元なんとかせい、という声が多いように感じたが、たぶんないよ、版元にもお金。全然ない。 IP展開や海外展開のできる大手ですら、決算はこの状況である。雑誌は息も絶え絶えだ。学習参考書は子どもの数の減少が市場縮小に直結している。原価の高い辞書は改訂版を出しにくくなっている。コミックや文芸は、円安や物価高がさらに進めば、家計の中で真っ先に削られる。住宅ローンや食費に苦しんでいるときに、四千円のハードカバーを月に何冊も買える人は多くないだろう。 私は、この先、紙の新刊点数はさらに減っていくのではないかと思う。 書籍の新刊点数は、1990年代から2000年代にかけて大きく増え、2009年前後にピークを迎えた。その後は減少し、現在は90年代後半とほぼ同じ水準まで戻っている。それでも人口比で考えれば、まだ「本が多すぎる」時代なのかもしれない。 新刊を出せば配本され、版元にはいったん売上が立つ。そのため、出版社には新刊を出し続けるインセンティブがある。けれど、その結果として、予算や刊行計画を埋めるために作られ、ほとんど読者に届かないまま返品され、倉庫と物流を圧迫するだけの本が、いったいどれだけあるのだろう。 もちろん、新刊点数を減らせばすべて解決するという話ではない。多様な本が刊行されること自体には、大きな価値がある。 だからこそ問われるのだと思う。 版元は、プライドをかけて、よい本をどれだけつくっていけるだろうか。(よい本については篠田氏も本文で書かれていた) 取次は、現場に負担のないエコな物流をどれだけ構築できるだろうか。(客注本すら届かないことへの恨みを本書で何度目にしただろく) 読者は書店へ足を運び「買う」ことも大事だが、ヘイトやトンデモな本を面白半分で「買わない」ことも、決まった物流の中で「よい本」にそのスペースを譲ることに繋がるのではないか。(存在するなと言っているのではない) 私はもうこれ以上の意見は出ない。みなさんはどう思いますか。
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