やん "原爆投下、米国人医師は何を見..." 2024年6月30日

やん
やん
@grilledyangyang
2024年6月30日
原爆投下、米国人医師は何を見たか
原爆投下、米国人医師は何を見たか
ジェームズ・L・ノーランJr.,
藤沢町子
オッペンハイマーの伝記や映画が原爆の科学的側面に終始し、放射線被曝についての言及がないことを訝しんでいた所にお薦めされた書籍。医師から視たマンハッタン計画と、その後について書かれている。素晴らしい一冊。 サントアパートメントは珍獣の住処かよ、とツッコめるくらい楽しいのは、ロスアラモスの最初の1年だけ。あとはしんどい。 別視点からロスアラモスを見ると、映画や伝記で「案外いいやつ」枠だったクローヴス将軍がジャイアンで、オッペンハイマーはスネ夫に見えてくる。のび太は、気象学者のハバードか? オッペンハイマーが優秀で、ロスアラモスで慕われていた事実は変わらない。しかし、放射線被爆の危険性について医師たちが再三警告していたにも関わらず軽視し、結果的にクローヴスの黙殺に加担してしまっている。その上で戦後トルーマン大統領に「手が血で汚れてしまった」とか語っても、「はぁ?」となるよな。 トルーマンにしてみれば、オッペンハイマーは外交上のカードを作る歯車でしかなく、職能を越えて道徳的な責任を持ち出されても困惑だろう。 ラジオで謝罪した音声が発見されたってニュース流れてたけど(まだ読んでなくてすいません)、彼の後悔や誠意は素晴らしいけれど、マンハッタン計画を属人的な問題に貶めてはいけない。 放射線の重大な危険について、ロスアラモスの医師たちは何度も警告していた。ところが科学者側と軍は気に留めなかった。科学者は理論と計算の結果にのみ関心を向け、軍は情報保全を最優先するために黙殺。何より「ポツダム会談までに完成するか」どうかが重要だった。全員が危険性を軽視していた。 結局、関心は一つ。爆発するかどうか。 本書によると、ロスアラモスでは科学者が軍の情報保全や監視体制を嫌悪し対立しながら、その両者とも医師を軽蔑していた。口煩いくらいにしか思ってなかったんだろう。 また、医師も軍も政府も、インディアナポリス号事件の海軍も、とにかく訴訟恐れている。訴訟への恐怖心が尋常じゃない。 当所、原爆開発の目的は「ナチスに先を越されない」だった。しかし、ドイツが降伏しても開発は続いていた。ほぼ誰も止まらなかった。なぜか。 オッピーは映画や伝記でも「技術的に甘美なものを見つけたら、とにかくやってみる」という人物として語られていたが、そんな属人的な要因ではない。 一度始まった事柄を人間は止められない。つまり、一度始まった巨大な技術開発には、技術的な勢い(モメンタム)が生まれる。 ドイツが降伏しても開発を続行したのは、外交上の圧力もあるが、すでに確立していたモメンタムが、科学者たちを止まらない自動機械のように、原爆開発を促進させたからだ。 そして、冷戦になっても核爆弾の開発と実験は止まらず、放射線の影響は以後もずっと無視、もしくは軽視される。 道具主義的見方では、技術は使い方次第で善にも悪にもなるという。だが、果たして技術革新とその適用の善悪は、はっきり境界線を引けるのだろうか。 技術決定論、エリュールのテクニック、テクニックの定義は「自律的」であり、「人間のあらゆる介入から独立して行為すること」で命を得る。 新しい技術は使われる。使われた技術は命を得て技術を育む。その結果、予見不可能な問題が生じ、解決策としてさらに新しい技術に目が向けられる。 技術の善と悪を考えた時、悪もしくは悪しき影響は、好ましい影響から切り離して考えることはもはや出来ない。 マンハッタン計画が技術的モメンタムとその影響の危険性、そして渦中にいる人間は考え得る問題を容易に無視するということについて教訓を与えている。そして、自律して進む技術の制御は困難であることがマンハッタン計画で示されている。 マンハッタン計画もユダヤ人問題も、そして、遺伝子工学、ナノテクノロジー、ロボット、AI......これまで誰も経験したことのない、影響が分からない昨今の最新技術も属人的な問題に落とし込んではいけない、人類全体の極めて倫理的な問題として検証しなければならないよね。 「人間は自分の知性で何ができるか知ったとき、その技術的な傲慢さに呑み込まれてしまう」
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