だむ "昨日、悲別で" 2026年10月7日

だむ
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@p0se1-d0n
2026年10月7日
昨日、悲別で
「昨日、悲別で」は先頃亡 くなられた倉本聰氏のドラ マのシナリオで新橋の古本 市で運命的に出会ってしま ったので思わず購入。 このドラマはかつてオンエ アを見ている(抜け回もあ ったが)。 倉本氏のあの国民的ドラマ 「北の国から」同様、 北海道が(ここでは架空の 町、悲別が)東京と対比し て語られる。あちらが父と 子の物語であったのに対し こちらはずばり青春ものだ。 但し母と子の関係が一つの モチーフ(「前略おふくろ 様」ね!)でもあり、また 悲別ロマン座という映画館 が無くなるという重要な エピソードも物語を盛り上 げる。それらを背景に悲別 出身でダンサーを目指す男 の子と女の子が東京で再会 して・・・という、はやく も断言してしまうが大傑作 ドラマだった。 テレビドラマのシナリオを 読むということは小説を 読むこととは随分異なる。 はじめから映像化を前提と しているからそういうもの としての語り方がある。 セリフ、セリフをいう人( キャスティング)、場面の 転換、イメージ画像挿入の タイミング、音楽の使い方 (ここではフォークソング の名曲「22歳の別れ」と ミュージカル「キャッツ」 の「メモリー」が非常に 効果的に使われている)、 そして主人公のモノローグ (ここが倉本作品のキモ! )、などが様々に組合わさ れた言わば設計図のような 形でこちらに提供される。 さらに効果を重層的なもの にしているのはこちらが 昔見ているものを読んでい るということ。読むことに 実際の映像がかぶってくる。 設計図から頭の中に映像が 立ち上がる。 ようするに刺激が多様でこ ちらはときに振り回され、 ときに硬直させられ(もち ろんこれらは幸福とともに ある)ドラマのエンディン グに向けてひた走ることに なる。 若い二人が眩しすぎる。 そして、あまり使いたくな い言葉だが、 ・・・泣けてしまった。 倉本氏の訃報にともなうニ ュースで氏のインタビュー が流れた。「感動する」と いうことについて、「臍下 丹田」という言葉を使って 語っていたのが印象的だっ た。 そう、そっから揺さぶられ た感じ。 「胸キュン」決して悪く ないよ。でもその先がある かもしれないんだから。も っと欲張りになっていいん だよ。 陳腐であることを承知で 書くけど1984年に放送され (出版もされ)たドラマの シナリオを読むことを通じ て忘れていたものに出会っ た、というか、自分がどう いうものから出来上がって きたか、そして1984年の自 分が感じていたことが今も 自分の中に生きて、ある、 ということ(まあ、進歩が ないとも言うけどさ。)。 合言葉は「臍下丹田」。 ここくると響くよ~。
昨日、悲別で
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