DN/HP "骸骨乗組員 (扶桑社ミステリ..." 2026年10月8日

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2026年10月8日
骸骨乗組員 (扶桑社ミステリー キ 1-1 スケルトン・クルー 1)
映画にもなっているこの文庫の殆どの分量を占める中編「霧」を読んだ。 「なにかがやってきた——またもや、わたしが確信を持っていえるのは、これだけである。霧のために、かすかにしか姿をとらえられない、というのが実情だったかもしれないが、人間の頭脳が断じて受けつけないようなものが存在する、ということもまた、おなじようにあり得るとわたしは思う。人間のちっぽけな知覚の扉を通りぬけることのできない、暗黒と恐怖が存在するのだ——それと同様な、壮大な美が存在するのとおなじょうに。」 絶対的で逃れようのない暗黒や恐怖に突然襲われたとき、人は何を考えどう行動するのか。希望は見出せるのか、あるいは絶望するしかないのか。小説とは違う結末を迎える映画では(昔観たけど忘れていたからさっきインターネットで調べた)世界に希望の兆しが見えることで、個人の絶望が深まり、小説では絶望の世界の中にも希望を見出す。その二つだったらやっぱり後者の方が良いよな、でもよく考えたら両方厳しくて残酷な結末だよね。とか思いながら、そんな状況でわたしなら何を考えどう行動しどんな決断をするだろうか、と想像してみている。希望を見出せるのか、絶望するだけか……今は情けない姿しか思い浮かばなくて、そういう意味でも怖い小説だな、と思ったりした。
骸骨乗組員 (扶桑社ミステリー キ 1-1 スケルトン・クルー 1)
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