
い。
@hon_i_read
2026年10月10日
純粋理性批判 中
カント,I.,
I.カント,
篠田英雄
読み終わった
中巻では、理性についてまず説明される
悟性とは異なる働きをする理性というものがあり、悟性がア・プリオリな概念によって成立させた認識を、さらに別の仕方で統一しようとする
このことによって、感性・悟性・理性という三つの働きが、人間の認識においてそれぞれ異なる役割を担っていることが分かってくる
しかし、理性は、論理的推論によって無条件者を求めていくと、アンチノミー(二律背反)に陥ることがあり、つまり、論理的に推論できること=正しい認識を得られることを意味するわけではない、と説明される
そこで認識においては何が経験の対象として認識可能なのか、何が理性によって求められる理念なのかを区別する必要があり、この区別によって、理性が経験の限界を超えて対象を認識しようとすることから生じる誤りを避けられることもある
ここからは推論が多いように思えたけれど、理性とは、条件づけられたものから、その条件をさらに遡り、無条件者を求めるものであり、さらに、この無条件者を求める働きは、最高存在者という理念にもつながっていく。
しかし、理性が無条件者を求めることと対応する存在者が実在することとは、同じではないので、最高存在者の存在証明が可能なのかという問題が生じる
最高存在者の存在証明は可能なのか
あらゆる面から検討しても、その存在を確実に証明することはできない。しかし、同様に、その非存在を確定することもできない
それでも、最高存在者を想定することは、思考にとって有益なのではないかと思う
最高存在者の実在を証明できないことと、最高存在者という理念を思考の指針として用いることは別の問題で、最高存在者を想定することによって、悟性による認識を体系的に統一するための指針が得られるのであれば、その理念には思考上の意義があると思った
しかしカントの問の主なものではないけれど、僕にとっては論理的推論がアンチノミーに陥ること、そして論理的推論に条件付けをした際に得られるものがあるということ
そういう思考の仕方がとても面白く、新しく知れたことがとても有益だと思いました


