
いぬい
@inuiru
2026年10月11日

読み終わった
昔『ルリボシカミキリの青』を読んで面白かったので『動的平衡』も読もう……と思ったまま長年積んでしまった。2009年の本なので内容として古い部分もあるんだけど、「動的平衡」という考えについてはいまも古びることないな〜と思う。
230p
" 標識アミノ酸は、ちょうどインクを川に垂らしたように、「流れ」の存在とその速さを目に見えるものにしてくれたのである。つまり、私たちの生命を構成している分子は、プラモデルのような静的なパーツだけではなく、例外なく絶え間ない分解と再構成のダイナミズムの中にあるという画期的な大発見がこの時なされたのだった。
まったく比喩ではなく、生命は行く川のごとく流れのなかにあり、私たちが食べ続けなければならない理由は、この流れを止めないためだったのだ。そして、さらに重要なのは、この分子の流れが、流れながらも全体として秩序を維持するため、相互に関係性を保っているということだった。
個体は、感覚としては外界と隔てられた実体として存在するように思える。しかし、ミクロのレベルでは、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかないのである。"
232p
" ここで私たちは改めて「生命とは何か?」という問いに答えることができる。「生命とは動的な平衡状態にあるシステムである」という回答である。
そして、ここにはもう一つの重要な啓示がある。それは可変的でサスティナブルを特徴とする生命というシステムは、その物質的構造基盤、つまり構成分子そのものに依存しているのではなく、その流れがもたらす「効果」であるということだ。生命現象とは構造ではなく「効果」なのである。"
「効果なのである!」……私は常々、「私」という確かな何かがあるわけではないんだよなーと思っているんだが、「効果なのである!」と思うとかなり気が楽になる。「私」というものは、たまたまここに発生している「淀み」なのだ。
本を読んだり何か書いたり考えたりしていると頭のなかが言葉で埋め尽くされて、けれど特に何が定着するわけでもなく流れて行くので、私は言葉を垂れ流しにしているだけで実は何も「考えて」はいないのでは……という気もする。
が、これもまさに「言葉の川」みたいなもので、「考え」などというのは、その川に時折ふと発生する「淀み」なのかもな。それは固まることもなく、少しずつ更新されて、変化している。そうだったらいいよね。