
ピエ
@pie_202
2026年10月16日
領土
諏訪哲史
読み終わった
山尾悠子が解説を書いていると知って中身も見ずに買い、しばらく積んでいたが、何となく幻想文学の気分になり手に取った。
ぱらぱらとめくると、句読点が無く空白と改行により区切られた文が並んでおり、これは小説ではなく散文詩だったのか、詩はあまり読まないので困ったな、と思ったが、いざ読んでみたら紛うことなき小説だった。
どの短編も正統派の日本幻想文学といった感じ、夢の中のようなめくるめくイメージの中を歩いているよう。一篇一篇読み進めるにつれて、徐々に句読点がなくなり、改行や空白が多用され始め、ストーリーよりイメージが優位になっていく。文体に少しずつ馴染んで、小説の世界に沈んでいくような感覚が心地よい。
最後の「先カンブリア」だけは詩かも…と思ったが、終わりまで読むとやはり小説だと感じた。この短編は、時空を超えて移り変わるイメージを核としながらも、自我から出発して自我に戻ってくる。自意識が存在するということが、私の中での小説の定義なのかもしれない。
このジャンルをよく読むわけではないのだが、「20世紀の幻想文学」という印象を強く受け、何度も単行本の刊行年(2011年)を確認してしまった。こんなにも前世紀の薫りがするのに、稀に描写の中に21世紀が垣間見え(夜行バスの3列シート、カンクンを「まだ繁華でなかった」と振り返る表現など)、この違和感が癖になる。
猥雑な描写を恐れない、美しいだけのものは描かない姿勢は好ましいのだが、女性が客体化された表現の多いところは、男の作家という感じがした。とはいえ、私もまた(特に思春期以降は)男の作家に育てられてきた読者であるわけで、女(あるいは女体)を性的なものとして扱うことに惹かれる感性と、しかし自分もまた女であり、これを肯定することは自分の存在を客体化することになりはしないかという不安、といった矛盾を抱えている。

