
ピエ
@pie_202
スペイン語圏の文学、歴史、美術/英米児童文学
川野芽生/山尾悠子/皆川博子
などを好んで読みます。
今年はイタリア文学に力を入れて読みたい(全然読めてない)。
- 2026年8月3日
深い穴に落ちてしまったイバン・レピラ,白川貴子読み終わった再読ちいかわの「穴に落ちた」の話をアニメで見ていて、ふと思い出したので引っ張り出してきて読んだ(この本はちいかわと特に関係はない)。 深い穴に落ちてしまった兄弟が、脱出を試みる話。 泥水をすすり、木の根をかじり、ミミズやウジをご馳走のように食べ、兄弟が何とか生き延びようとしながらも弱っていく描写には息が詰まる。 しかし、体が強く専制的で現実主義者の兄と、ひ弱で夢見がちな弟という対照的な二人の会話には、妙に引き込まれてぐいぐいと読んでしまう。 素数のみが振られた章番号には理由があり、本文には暗号が隠されているそうだが、ただ物語を追うだけの私には相変わらず何も分からない。次に読む時に考えてみよう…とは初読の時にも思った気がする。 原題は"El Niño Que Robó El Caballo De Atila"(アッティラ王の馬を盗んだ少年)だが、これは31章で錯乱した弟が語る話か。あとがきでヒントとして挙げられた「数字にはひとつひとつ、対応する言葉がある」という話もしているので、この章がキーとなるのだろうか…。 ところで、裏表紙のあらすじには「力強い感動をもたらす」や「暗闇で生きるあなたに捧げる」などと書いてあるが、寓話風の小説にこの手の紹介が付いていると途端に安っぽく感じてしまうのは私だけだろうか(『アルケミスト』然り、『星の王子さま』然り)。 確か川野芽生が読んでいたのを見て面白そうだと手に取ったのだが、このあらすじを見て買うか躊躇ったのを覚えている。私は「感動すること」自体に何の価値も感じないが、この本は何度読んでも面白いので結果的に買ってよかった。 - 2026年7月30日
エーコ『薔薇の名前』図師宣忠読み終わった図書館で見かけて手に取ったところ、先日読んだ『カタリ派とアルビジョア十字軍』で解説を書いていた図師宣忠による本だった。あの解説は分かりやすかったな…と思い借りてみたら、この本もとても読みやすかった。内容が簡単なわけでは決してないが、文体が滑らかで論考の繋がりが明確なために読みやすく感じるのかもしれない。 昨年末に日本語訳の完全版が出た『薔薇の名前』を、史学の観点から読み解く本である。図師先生の専門は西洋中世史、まさに『薔薇の名前』の背景世界だ。 宗教的な背景に始まり、モデルとなった修道院や中世の写本文化、異端審問などについて語られており、『薔薇の名前』の世界をより鮮やかに思い描けるようになる。ただ、ネタバレには配慮していないので、中世やキリスト教の知識が全く無くとも、本編を先に読んだ方が良いと思う。 改めて、エーコがいかに膨大なテクストを再構成してあの世界を構築したのかを思い、気が遠くなった。 例えば、作中でのベルナール・ギー(実在した異端審問官)による尋問は、かれの記した審問マニュアル『異端審問官提要』に書かれた手法に倣っているというのが面白かった。こうしたディテールを積み上げ、知識の浅い私のような読者の前にも、中世の修道院がまざまざと描かれるのだ。 図師は『薔薇の名前』を、氾濫する断片的な情報を読み解き、そこから世界を再構築する書物として捉えている。これこそまさに歴史学の手法であり、インターネットの普及を経て拡大し続ける情報の洪水に翻弄される我々にとって、「文系」の学問を学ぶ意義にも繋がるのであろうと思った。 - 2026年7月28日
バーティミアス2ソロモンの指輪 ヤモリ編 (静山社ペガサス文庫)ジョナサン・ストラウド,松山美保,金原瑞人読み終わった理論社版のヤモリ編がReadsに登録されていなかったので、こちらをお借りする。 フェイキアールの供給ありがてえ…普段は知的で常識人なのに、人間への憎悪が深くて隙あらば食おうとする残酷さを急に出してくるとこが良すぎる。 コックになる前の定番の姿もおいしい…ジンが人間に変身する時は美形になりがちなのに、かれは大柄でふくよかな姿を好むんだよな。おそらく人間を油断させるためだよね…見栄を張る必要もないという自信に満ちたクレバーな男(男?)、良い… あと、フェイキアールがバーティミアスのことちょっと面食いだと思ってるの面白すぎた。確かに理由がなければ必ず顔立ちの整った若者の姿になってるもんな。 まあ顔はともかく、バーティミアスが勇敢で知恵と力に満ちた自己犠牲的な若者にやたらと甘いのは本当にそうで…てっきりプトレマイオスと出会ってからだと思っていたけれど、この頃からそうだったのは意外だった。 - 2026年7月26日
バーティミアスII ゴーレムの眼ジョナサン・ストラウド,松山美保,金原瑞人まだ読んでる根がオタクなので実に20年ぶりに再燃しちゃってずっとバーティミアスシリーズのこと考えちゃうよ〜! 重くて会社に持って行けないので、毎晩ご飯を食べながらちみちみ読んでいる。もっと早く帰って沢山読みたいのに… 2巻に入り、記憶の100倍くらい酷い寡頭制が敷かれていてびっくりした…労働者搾取と人種差別のキメラみたいになっている。 現実で起こる分断には人種、性別、階級、宗教など様々な要素が多層的に絡んでくるけど、この世界のロンドンではひたすらに魔術師と一般人の2層のみが存在するんだな。 単純化しすぎてる割に、中途半端に現実の歴史を反映しているので、「ん?」となるところも結構多いのだけれども…これだけ大っぴらに魔術が存在している世界線で、古代はともかく近現代が現実と似たような展開を辿ることがあり得るかね? 物語の本筋は整合性が取れていると思うが、宗教とかナチズムとかが現実と似たような感じで存在したらしき言及には、世界観が詰めれていないのではと思わせるところもある。 まあそんなことはどうでも良くなるくらいに面白いのだけれど! 一般人たちが魔術師に支配されることに疑問を抱かないようにして生きている(歯向かえば粛清されるため)描写などは、子供の頃には気づかなかったリアルさがある。 魔術師の見習いは家庭教師からあらゆる高度な学問を学ぶのに対し、一般人の学校では技術工作系の教科ばかりが奨励されているところにはぞっとした。一般人は工場や手工業の労働者になるためであり、学校は職業訓練の場でしかない。考えることやそれを言葉で表現することを学ばせず、従順で搾取しやすい人間をつくっている…ちょっとわが国に似ているな。 しかも、祝日には無料の食べ物や飲み物が振る舞われ、「娯楽省」(直截すぎて笑った)主催のあらゆるショーが行われる。歴史の授業で習う、少数の支配階級が庶民を従える方法を全部実践してます!という社会なので、高校生くらいで再読していたら味わい深かったろうなあと思う。 - 2026年7月24日
バーティミアス ソロモンの指輪 (1) フェニックス編ジョナサン・ストラウド,松山美保,金原瑞人読み終わった本編三部作の完結から6年後の2012年に外伝が出ていた。教えてよー!気づけないよー!! 残念ながらハードカバーでは出なかったのだね…でもこのサイズだと会社に持っていけるのは良い。これも今は静山社から文庫化されているそう。 本編より3000年ほど前、ソロモン王の取り巻き魔術師の奴隷になっていた頃のバーティミアスの物語。 まだプトレマイオスとも出会う前なので、バーティミアスの元々の性格が垣間見えて良い。まあ若い頃(2千歳)からずっと口達者で信じられないほど生意気なのは変わっていないというか…他のジン達と仕事をしていると、変わり者すぎて完全に浮いているのがよくわかる。読者からするとおもしれー主人公なのだが、連帯責任で巻き込まれる方からしたらたまったもんじゃないな… - 2026年7月19日
バーティミアス (1) サマルカンドの秘宝ジョナサン・ストラウド,松山美保,金原瑞人読み終わった再読実に15年ぶりくらいに再読。 小中学生の頃は何度も読み返していたが、大きくなってから読むとまた違う切り口で読めて面白かった!いやこの本は本当に面白いよ… 時は現代(1990年代後半くらい?)のロンドン、見習い魔術師であるナサニエルと、彼が分不相応に召喚した中級クラスのジンのバーティミアスの物語。 この世界の魔術師の扱う力は、複雑なペンタクルを描き、難しい呪文を正確に唱えて妖霊を使役することが中心にある。ペンタクルや呪文にほころびがあると、それが妖霊に対する隙となり、命を取られかねない。 魔術に対するコストやリスクがかなり高い世界だが、その分、それを行使できる魔術師は極めて強い権力を握っている。 子供の頃は「首相」や「国会」という言葉から民主主義社会をイメージしていたが、実際は魔術師による寡頭政治が行われており、一般人の地位は著しく低いことが今なら分かる。常に路上を監視している「光の玉」や夜間外出禁止令など、独裁あるあるな描写も多い。 大人も楽しめるシビアな世界観だが、バーティミアスの軽妙な語り口が、万人に読みやすい物語に仕上げている。かれは非常にお喋りなので、ページ下にちょくちょく注を挟む独特のスタイルで書かれているのだが、この世界の事情や歴史を補足してくれるこの脱線が本当に面白い。私が後に『白鯨』(語り手による注が信じられないほど長い)を好きになったのも、バーティミアスシリーズでこのスタイルに馴染んでいたからかもしれない。 ただ、バーティミアスの下ネタや皮肉は10歳の子供にはよく分からないものもあったので、当時の疑問を思い出してフフッと笑ってしまった。 今読むと、ある行動をきっかけに、バーティミアスがナサニエルを見直したことがよく分かる。ナサニエルはあまり変わらないのだが、バーティミアスの態度が若干軟化したことで、乱暴だが面倒見の良い兄ちゃん的な感じになり、二人がバディになり始めていくのが良い。 私は食料品店のバンを強奪するシーンが大好きなのだが、今回も先の展開を全部知っているにもかかわらずずっとクスクス笑ってしまった。終盤のテンポの良さはシリーズ屈指であり、シリアスとコメディの緩急の付け方が本当に上手い。 ところで、この理論社刊は表紙が本当にかっこよかった。都心の大きめの本屋の入り口に山積みにしてあったのに一目惚れし、母にせがんで買ってもらったのをよく覚えている。絵の部分がエンボスニス加工されていたり、カバー下が古ぼけた羊皮紙を思わせる装丁だったり、読む前から本当にわくわくした。重い本だが、家まで持って帰るのが全く苦にならなかった。 当時はハリー・ポッターブームもあり、こういう分厚い児童書が沢山出ていて良い時代だったな…今は静山社が文庫を出しているのを店頭で見かけたが、表紙がコミカルすぎて少しう〜んとなってしまった。 - 2026年7月13日
バーティミアス (1) サマルカンドの秘宝ジョナサン・ストラウド,松山美保,金原瑞人読み始めた再読精神がかなり落ちており、横たわってうめき声をあげる獣のようになっていたので、夜更かしして読み始めた。仕事など知るか 小学生の頃はカバーの端がよれるほど繰り返し読んだが、最後に開いたのは高校生くらいだったか… 最近、プラハや中東を舞台にした作品をいくつか見たせいか、バーティミアスのことをよく思い出していた。 冒頭の展開は台詞も含めてかなり覚えていたが、それでもなお大変に面白い。 改めて見ると、構成が上手くて驚いた。最初にバーティミアスが盗みに入る流れで、魔術の世界の構造や制約をあらかた説明している。大枠の提示が早いので、読者が作品世界に入り込む流れがスムーズだ。 それにしても、小学生の頃はあまり気にかけず読んでいたが、バーティミアスはずーーーっとプトレマイオスのことを考えてるのな。単にその姿にばかり変身するだけじゃなく、ガラスに映った顔に思わずにやっとしたり、ロンドンの気候をエジプトと比べて腐したり、人間をビビらせるために咄嗟に変身するのがナイルワニだったり… 冒頭から執着が強すぎるよ…本人視点でしか描かれないけど、これ周りのジンからは異常者か変態と思われてるでしょ… - 2026年7月12日
嘘つきアーニャの真っ赤な真実米原万里,長尾敦子読み終わった『オリガ・モリソヴナの反語法』があまりに面白かったので。表題作の冒頭をKADOKAWAの特設サイトで読んで、小説だと思って手に取ったのだが、米原のプラハ・ソビエト学校時代の同級生に関するノンフィクションだった。アーニャって実在の人物だったんですか!? 内容は『オリガ…』に負けず劣らず面白い。というより、『オリガ…』に出てくる個性的な同級生や先生たち、過去の記録を漁って真実に迫っていくプロセスは、ほぼ米原の実体験に基づいていることが実感できる。 米原が特に仲良しだった、ギリシア人のリッツァ、ルーマニア人のアーニャ、ユーゴスラビア人のヤスミンカにまつわる3編。どれも、少女時代のエピソードと、中年になった米原が彼女らの消息を尋ねてゆくパートで構成されている。 少女時代の話はユーモア全開で吹き出してしまう箇所もあったが、大人になってからの再会には思わず涙ぐんでしまった。 エッセイ的な面白さだけでなく、各国の子どもたちが通ったソビエト学校を内部から語る、時代の証言としても貴重な作品である。祖国を離れた子どもたち、特に亡命者など帰れない理由の強い子ほど愛国心を強く噴出させていた、という分析が鋭い。 一方、自分の親が属する各国の共産党とソ連との関係が悪化すると、子どもたちも学校で居心地の悪い思いをすることになる。多くの先生や同級生はなるべく気遣って過ごしてくれるものの、当の本人たちはその空気を敏感に感じ取っている。悩みなどせいぜい部活の人間関係くらいであった私の中学時代とは、何という隔たりだろうか。 大人になってからの再会パートでは、3人の祖国の政治事情や彼女ら自身の複雑な立ち位置に考えさせられることも多い。 特に3話目のヤスミンカの話は、ユーゴスラビア紛争の最中だ。民族と宗教が複雑に入り交じる国のあり方は、日本で限りなく支配的な地位にある大和民族たる自分には実感できないが、だからこそこれまで積極的に知ろうとしてこなかったことを恥ずかしく思う。 - 2026年7月12日
あの重い足音のにおいイブラヒーム・サミュエル読み終わったシリアの作家イブラヒーム・サミュエルによる短編集。各短編は独立しているが、どれも1980年代後半、アサド独裁下のダマスカスを舞台としている。 主人公は、前半は政治犯とされた人やその家族が多いが、後半は小学校の代用教員や、子沢山の労働者なども語り手となる。 生活の苦しさや政治的な抑圧を直接描くのではなく、それに対する人々の反応としての生活の一場面が主に描写される。特に、表題作「あの重い足音のにおい」や「レイヤ」に感じるじっとりした圧力は、読んでいて息苦しくなるほどだった。 原文では韻を踏んだ言い回しがちょくちょく使われているようで、訳注が適宜ついている。私はアラビア語が全く分からないので、付されたカタカナから想像するしかないが、円を描くような美しい響きが思い浮かんだ。 慣用句は日本語に訳されているが、原文ではどのような表現なのかが訳注に書いてあり(ジンに取り憑かれる→頭がおかしくなる等)、慣習や文化が透けて見え面白い。 訳者の石垣聡子と岡崎弘樹は、サミュエル自身に師事したとのこと。サミュエルとの思い出を語る石垣によるあとがきを読み、訳や注の丁寧さに愛情を感じた理由がよく分かった。 - 2026年7月9日
はじめての百合スタディーズ中村香住,水上文,近藤銀河気になる - 2026年7月5日
すぐわかるイスラームの美術桝屋友子読みたい昨夜アニメの1〜2話が放送された『天幕のジャードゥーガル』は、トゥースのイスラーム建築の描写が極めて美しかった。特にあの均整の取れたアーチの連なりや、中庭の木々に囲まれた噴水や薔薇のつぼみ… アニメのトゥースの場面は桝屋先生が監修されたとのことで、原作のトマトスープ先生がこの本を紹介されていた。 2年ほど前にグラナダやコルドバに行き、イスラーム建築に魅了されてしまったのだが、未だに何の知識も無いので、まずはこの本を足がかりにしたい。 アンダルシアには(キリスト教的な改修が加わってもいる)建築しか残されていないため、建築以外は見たことも無いのだよな… - 2026年7月3日
タコ セロリ アボカド長谷川あかり読みたい予約した実は5月くらいから楽天ブックスにタイトルだけのページが作られていたのだが(通知設定しているので気付いた)、漸くご本人から告知された…! あかりさんの本を買わない選択肢は無いので、一体どんなレシピ本なんだ…とわくわくしながら予約していたのだが、まさかのエッセイだったwww 話すのも書くのも上手く、自分の考えをはっきり持っている方なので、きっと面白い本になっているのだろう。 表紙のデザインもとても良い…! 楽しみ!! - 2026年6月30日
失われた足跡カルペンティエル,牛島信明読み終わった初めて読んだカルペンティエル。 文体が少し堅く(古くはないが)、初めは読みづらく感じたが、もしかすると牛島信明の訳の癖もあるのかもしれない。黄金世紀など比較的古典を訳しているイメージがあるので… しかし、高山や密林などの情景描写が豊かで、次第に引き込まれた。 主人公があまりにも身勝手というか愚かなインテリといった風情で、物語が進むごとに「なんやこいつ…」とムカムカしていたのだが、幕引きできっちり報いを受けて満足した。周りの人々はみな主人公がどんな人間か分かっているのに、自分だけが何も見えていない、滑稽な人物だった。 しかし、音楽に対する知見の深さや、ラテンアメリカ生まれのヨーロッパ人という出自、ラテンアメリカに対する憧れと愛着など、主人公には作者自身が投影された面も多い。そんな人物に対してこの仕打ち、カルペンティエルはなかなかおもしれー男なのでは?と思い、興味が湧いてきた。 主人公もカルペンティエルも、ラテンアメリカを驚異的なもの、あるいは人類の全ての歴史を内包するものとして憧れている。しかし、自分の中のヨーロッパ性から逃れることができず、ラテンアメリカの一部になろうとしても異物のままである、ということなのだろうか。 - 2026年6月25日
戒厳令下チリ潜入記: ある映画監督の冒険G.ガルシア・マルケス,後藤政子読み終わった@ 本の読める店fuzkue初台初台のフヅクエさんでお借りして読んだ。カウンター席上の真ん中あたりに、ラテンアメリカ文学の良い棚がありますね… ピノチェト独裁を逃れて亡命し、チリへの帰国を禁じられた映画監督ミゲル・リティンが、戒厳令下の祖国へ潜入し記録映画を撮影した時の記録。本人へのインタビューを元に、ガルシア・マルケスにより書かれている。そういえば彼の出発点はジャーナリストであった。 変装し偽名で12年ぶりに帰国したリティンがまず目にするのは、予想に反し華やかに発展しているサンティアゴ。しかし人々をよく見ると、みな外出禁止時間を気にして足早に歩き、他人と目を合わせず、密告を警戒して声を潜めて話している。独裁下にある人々が疑心暗鬼になっている様はどこの国でも同じなのだな… サルバドール・アジェンデやパブロ・ネルーダが反独裁のシンボルとして伝説化している様には、少し涙が出てしまった。 当時のチリ社会の記録というだけでなく、リティン自身の語りからは亡命者の苦悩が滲み出ている。私服警官に付け狙われるなど危ない場面も多いにもかかわらず、変装をかなぐり捨てて「私はリティンだ、祖国に帰ってきたのだ」と叫び出したくなるという気持ちは、亡命者にしか理解できないのではないか。大胆な行動にハラハラしながらも、苦しくなった。 訳者解説を読んで気付いたが、本書が出版された1986年はまだピノチェトの独裁が継続している(原書と同年に翻訳を刊行するスピード感!)。チリは1990年に民政移管したが、その後も軍総司令官としてピノチェトは影響力を持ち続けたそうだ。この後のチリについては、最近の本で読んでみたい。 ところで、見た目も訛りも所作も変えたリティンが、帰国時に唯一身につけていた過去の自分の持ち物が、カルペンティエルの『失われた足跡』で驚いた。私も今『失われた足跡』を読んでいる、というよりフヅクエに来た目的がこの本を読み終えるためだったからだ。本が本を呼ぶことはやはりあるなあと思った。
- 2026年6月21日
星を編む凪良ゆうちょっと開いた実家に帰ったところ、母の読みかけの本の中にあったので借りて読んだ。時間が足りず、短編3作中の2作目まで。 表題作を読んでいたら作中作として『汝、星のごとく』が出てきて、ようやく続編であると気づく。そもそも凪良ゆう作品を読むのが初めてだったのだが、前作を読んでいなくとも違和感なく、面白く読んだ。 現代日本を舞台にした小説をほとんど読まないのだが、本作を読んでその理由の一つに気づいた。登場人物を現代人としての自分の価値観でジャッジしてしまうため、「自分」というノイズが混じりすぎる。 私は本を読む時に自分という存在を意識したくないのだが、自分と近い世界の人間が描かれるほど、登場人物と自分との距離感を測るように読んでしまう。特に表題作を読んでいる時、「登場人物たちの感覚がひと昔前の男女観という感じだな…作者は50代くらいかな…」などと考えている自分に気づき、ぞっとした。 短編なのではっきりとは判断を下せないが、作者の倫理観が私には合わなかったかなと思う。特に、互いに本気の恋なら大人が未成年と付き合うこと自体には問題が無いような書き方はちょっと…前作を読んでいれば違う受け止め方ができたのかもしれないが。 前世紀までに書かれたものは今の感覚とは切り離して読めるが(それでも受け入れ難い表現はもちろんある)、同じ時代に生きる人が書いたものとなると厳しい目を向けてしまい、「これはどういう意図で書いているのだろう…」などと考えてしまうのがしんどいな〜と思う。 - 2026年6月16日
精霊たちの家 下イサベル・アジェンデ,木村榮一読み終わった下巻はクラーラの娘ブランカと孫のアルバが中心となる物語。しかし、その周りの人物たちの些細な言動も描かれて、舞台である「角の邸宅」の姿がより鮮明になっていく。 ドラマ版を見ていて気づいたのだが、物語の本筋でないために映像化すると省かれてしまうようなちょっとしたエピソードが、私は好きだったのだと思う。 一方、この小説の「魔術」的な要素には、私はあまり惹かれなかった。他人のオーラを見たり、降霊術をしたり、触らずに物を動かしたりと、裕福な白人が好きそうなオカルトのような印象を受け、正直つまらないと感じた。 むしろ、社会や階級に関する描写が面白かった。終盤、社会主義の大統領(作者の叔父であるサルバドール・アジェンデ)が選ばれ、それに対するクーデタが起きて独裁政権(ピノチェト)が誕生するという出来事は、人物名は明かされないものの1970年代のチリそのものだ。 今年の初めに、パトリシオ・グスマン監督による、アジェンデ政権の発足からクーデタによる崩壊までを描いたドキュメンタリー『最初の年』と『チリの闘い』3部作を観たが、そこに映されていた社会の動きがこの小説でもほぼ同じように描かれていた(チリの左派知識人から見たこの時代の評価はほぼ固まっているということだろうか)。 政治家の重鎮になったエステーバンが、自分では現実的な判断をしているつもりで社会主義を憎みクーデタを支持しながら、結局は自分も政治から爪弾きにされてしまう(一番現実が見えていなかったのは彼自身)という皮肉な展開もリアルだった。とことんブルジョワジーのテンプレートのようなキャラクターだ。 ニベーア、クラーラ、アルバといった女たちは、政治活動も熱心に行うが、その描写にも少し皮肉を感じた。貧しい女性たちに参政権を得るために共に闘おうと説き、曖昧な笑みを返される。女性たちは家でそのような話をしようものなら、夫や父に殴られることがよく分かっているのだ。クラーラたちの政治活動も家族に多少煙たがられはするが、暴力で黙らせられることはなく、境遇には大きな隔たりがある。 しかし、ことラテンアメリカではそのような上流階級の女性たちが、女性参政権への道を切り拓いてきた面も大いにあると思う。彼女たちが同じ階級の人々からの揶揄の声に負けず、夫や兄弟の政治権力を利用してでも権利を認めさせてこなければ、女性の地位向上は更に遅れただろう。 イザベル・アジェンデ自身も彼女たちの側の階級にあったわけで、皮肉な描写もむしろ自己批判に近いものなのかなと思った。 - 2026年6月7日
精霊たちの家 上イサベル・アジェンデ,木村榮一読み終わったスペイン語の勉強も兼ねて、Amazon Primeで配信中の同名のドラマを観ようとしたのだが、未熟なものでオリジナル音声+スペイン語字幕だとほぼ意味が取れなかったため、まず原作を読んでみることにした。 ドラマなどで外国語の勉強をする時は、字幕を原語にすると伸びると聞いたのでやってみたのだが、ある程度の能力が無いと字幕の速さに目が追いつかないのだ… 閑話休題、本作は、不思議な力を持つ祖母クラーラの日記を孫のアルバが紐解き、一族の物語としてまとめる構成である。「ラテンアメリカの一族の物語」というととかく『百年の孤独』と比較されがちだが、読み味も面白さも別物で、それぞれに魅力があるが全く似ていない。 本作で目を引くのは、ラテンアメリカの固定化された階級のエグさである。クラーラや夫のエステーバンが「主人」であり、農場の労働者たちや邸の使用人たちは孫子の代まで仕える立場である、という構図は上巻では揺るぎない。 父親の代で没落したエステーバンには、額に汗して働く描写もあるが、結局は彼も他人を使う立場にあり、労働者を同じ人とは思っていない。自分の腕一本でのし上がったと思い込んでいるマッチョな地主や資本家を戯画化したような人物である。 ドラマ版を見ていて気づいたのだが、「ここ」と言う時に、登場人物の多くはイスパノアメリカで一般的な"acá"を使っているが、クラーラはスペイン風に"aquí"と言っている(そして母の首を見つけたりなど冷静さを欠いた時には、"acá"が出てきている?)。上流階級はスペイン風の言葉遣いをするのだろうか。事情に全く明るくないが、いかにもありそうだ。 そういえば、プイグの『天使の恥部』でも、メキシコではアルゼンチン(の上流階級)とは全く異なる単語を使う、と登場人物が語っていた。これも単に国の違いだけではないだろう。階級により言葉遣いどころか用いる単語自体が異なるというのは、翻訳で読んでいる私には気付けていないポイントかもしれない。 - 2026年5月30日
ヴェサリウスの秘密ジョルディ・ヨブレギャット,宮崎真紀読み終わったもはや宮崎真紀の訳者名を見ただけで手に取ってしまう。いつもスペイン語圏の新鮮なスリル・ホラー・サスペンスを届けてくれて本当にありがとう… 1888年のバルセロナ万博前夜、華やかな都市開発と大規模工事の裏で、貧しい女たちの惨殺事件が起きていた… 16世紀の偉大な解剖学者ヴェサリウスと、その革新的な著書『ファブリカ』に絡め、連続殺人事件の謎を解き明かしていくサスペンス。 万博を機に都市全体を覆う規模で普及する莫大なエネルギー「電気」もファクターとなり、少しSFのような描写もあって面白かった。主人公たちトリオはそれぞれに秘密と挫折を抱えており、彼らの心情が変化していく様も良い。 バルセロナには行ったことがないのだが、あまりにも小説の舞台になっているので、スペインのどの都市よりも地図が分かるようになってしまった。 ガウディ建築などのモデルニスモにはあまり興味が無かったが、こうも登場人物たちと共に街路を巡っていれば愛着も湧く。いつか訪れたら、何日もかけ歩き回ってみたい。 - 2026年5月24日
「差別」のしくみ木村草太気になる - 2026年5月24日
犯罪フェルディナント・フォン・シーラッハ,酒寄進一気になる
読み込み中...