
いっちー
@icchii317
2026年10月20日

ケアのロジック: 選択は患者のためになるか
アネマリー・モル,
浜田明範,
田口陽子
借りてきた
考えさせられる
途中で返した
リベラルアーツゼミ
最寄りの図書館でリクエストして、他市から取り寄せてもらい読んだ。結局途中で返してしまったけど、リベラルアーツゼミでの学びと相まって考える機会になりとても良かった。
最近ケアについてあまり興味がなくなってきていたけど、それはそのとき選択のロジックの世界が辛くて救いを求めていたのであって、実際はケアの論理というのはユートピアというわけでは全然なく、むしろとても大変なものだということが分かった。
交換と贈与の関係性とも似ていると感じた。どちらか一方だけということはあり得ない。交換(選択)があるからこそ決める、終わることができる。贈与やケアのロジックは終わりがない。ずっと考えていかないといけない。個々に向き合う。
さらに特徴的なのは、市場が欲望を駆り立てるのに対し、ケアのロジックは節度を求める。ケアの実践において持ち出されるのは欲望ではなく知性であり、目の前の欲求は良いものではあるが、それと将来的なリスクとのバランスを考えて選択をしていくことを求められる。そういう意味で、ケアのロジックはとても実践的であり、同時にその選択を欲望のままに手放しにしないという強い意志が必要である。常に自分の状態と意思疎通をしながら、欲求も無視しすぎないように、長期的に自分の体と付き合うための選択である。
という点において、ケアのロジックが想定している人間像はとても近代以降っぽいなぁと思った。不安や欲をコントロールできる個人像が想定されており、バランスのとれた選択をするのには意志というものが前提になっている。弱さを完全否定しているわけではないけれど、書いてあるとおり、結構しんどそうだ。
そこで私は「そもそもたとえば糖尿病患者だったとして、甘いものを食べる「喜び」自体がバランスの良い場所に落ち着けば、一番楽だろう」という思ったのだが、
ゼミでそれは「自らの望みを実現可能性に沿うように無意識かつ内発的に調整する「適応的選好形成」というメカニズムとして定義され、「非」合理的な選好の形成の一種」であるという指摘があった。
今学んでいる野口整体においても、身体の感覚に対して敏感になっていくと自然と欲もバランスがとれたものになっていく、という考え方だが、
施術者が患者に対して権力を持ちうる構造においては相手を管理することになりかねないため、慎重になる必要があると思った。

