
Miyuki
@miyuki_i
2026年10月30日

10:04(白水Uブックス266)
ベン・ラーナー,
木原善彦
読み終わった
一度読み終えたのに、あまり内容が理解できていない気がしたので、最初に戻ってふたたび読んだ
すると不思議なことに、文章のひとつひとつが素晴らしくて、心が喜びに打ち震えた
一度目と同じものを読んだのに、なぜ最初は気づかなかったんだろう
私はこの人の文章がすべて好きだ
プロットらしいプロットはなくて、繰り返される日常的な内省と、目から見える景色の変化……だから最初は何の話なのかついていけなかった
だけど、ふたたび読むと、そのなんてことのない風景を描くのがなんて巧みなんだと驚かされた
嵐(ハリケーン)の上陸が予想された日に、街中が興奮に浮き足立ち、共通の話題に見知らぬ人同士親しみを感じる様子、ガラガラのスーパーで手に取ったいつものインスタントコーヒーが急に奇跡的に手元に届いたように見えること、電気を消して嵐に備えながら暗い部屋で観る『バック・トゥ・ザ・ヒューチャー』、隣で眠る親友が映画の光に照らされいつもよりも近くに感じること……結局嵐が上陸せずに過ぎ去ると、感じていた親しみや特別感が遡ってなかったことになったように感じる
どうしたら日常をこんな風に描けるんだろうと胸が締めつけられた
このように「起こったけど起こらなかった出来事」が繰り返されるモチーフとして、いくつも散りばめられている
発見されたけど、間違いだった恐竜
惑星だったのにそこから外された冥王星
勇気を出して言ったのに電話が切れていて届かなかった言葉
父の血が流れていると思っていたのに継父とわかった娘
半麻酔にすると麻酔をかけたことさえ忘れてしまう歯の治療
また過ぎ去った嵐……
主人公は作者のベン・ラーナー本人と重なるし、主人公が書いている短編の中の主人公も重なるので、何が現実で何が虚構なのかも曖昧になっていく
自分の体の中で大動脈解離の可能性が芽生えると、主人公が街を歩くときも地下鉄の振動を感じたり、街の脆くなっているところにも気づくようになる
自分や家族の身に起こったこと、過去に観た映画、芸術作品、そんな積み重ねで人間はできていて、見える景色が変わるんだと、遊歩(フラヌール)する物語の中で腑に落ちる
私がこの小説を二回読んで、大好きになったのも、起こったけど起こらなかった出来事なのかもしれない……とふと考えてしまった
作者のベン・ラーナーは詩人らしい
だからなのか、言葉がきらめいて感じる
だからといってわざとらしさもなく、ユーモアもあり、主人公も情けないエピソードが満載で人間らしい
これを日本語で届けてくれた翻訳者の木原善彦さんも素晴らしいですね
最後に、もうひとつ好きだった描写
p.173
『マンハッタンブリッジを渡るときはいつも、ブルックリンブリッジを渡る自分の姿が頭に思い浮かんだ』
『三人称で橋を渡ったという間違った記憶がーー生まれ始めていた』
これを読んで、描写の素晴らしさに、またぐっときてしまった