素潜り旬 "注解するもの、翻訳するもの" 2025年5月3日

注解するもの、翻訳するもの
《関口涼子の「熱帯植物園」は、表紙や造本を抜きにしては語ることのできない本で、特に一頁の中に詩がどのように刷られてゐるかということが、表現の一部分―あるいは主要部分にさへ、なつてゐる。ぼくたちが、先づ、眼から先に悦ぶといふ意味では、これは 一種のヴィジュアル・ポエムでもあるだらう》 『注解するもの、翻訳するもの』で、やはり岡井隆が関口涼子の詩を「ヴィジュアル・ポエム」と評していた。ちなみに岡井隆の 《関口涼子さんの詩集『熱帯植物園』にかかはつたのも、二〇〇五年「私の現代詩入門」 (「現代詩手帖」二〇〇五年十一月号)を書いたことから、始まつてゐた。》から続く言葉。
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