
読書猫
@YYG_3
2025年5月9日

読み終わった
(本文抜粋)
"「どうして、何の用ですかなんて聞くの?」
「(え、と)」
「(思いと裏腹に微笑いながら)何の用ですかなんて。用なんかあるわけないじゃないですか。用があって来てるわけないじゃないですか。用があるぐらいじゃ来ないよ。用がないから来たんだよ。顔が、見たかっただけですよ」"
"「じいちゃんは駅の便所で死にました。くっさいくっさい駅の便所の床に倒れて、ひとりで死にました。そこに俺はいなかった。何の言葉も、何の遺言もないまま、憎んで、恨んで、ひとりで冷たくなりました。(薄く微笑みながら)何にもご存知ないなら、勝手なこと言わないでください」"
"「この部屋はね、わたしが東京出てきて、自分で手に入れた部屋なの。狭いし、隙間風吹くし、床ぎしぎし鳴るけど、わたしの居場所なの。たいしたものないけど、どれも自分のもので、自分で自由に出来るものなの。それってわたしにとって、すごく大事なことなの」"
"「この間福引きやってたんですけど」
「商店街の」
「(回す仕草をし)一等当たったんですよ」
「え、すごい。何当たったんですか」
「なんか、テレビのゲームです」
「(見回す)」
「テレビ持ってないから二等に替えて貰おうとしたんです」
「二等は」
「テレビ台だったんです」
「(見回す)」
「入らないし、三等にして貰ったんです。あれ」
窓辺にかけてある物干しハンガーを示す。
「あー、いいですね」
「それをね、職場の人に言ったら、何でテレビゲーム貰って、売らなかったのって」
「あーそうかそうか」
「売れば何万円かになるのにって」
「でもこの物干しいいじゃないですか」
「そうですか」
「いいですよ」
「良かった(と、微笑む)」
「(微笑む)」
「わたしが間違ってるのかなって思ってたから」
「(うん?と)」
「こんな風に思うの、わたしだけなのかな。こんなふうに思っちゃうの普通じゃないのかなって。思ってたから、同じ風に思う人いて、良かったです」"
"「わたしはさ、東京生まれで、元々田舎もないし、よくわかんないんだけどさ、ふるさとっていうのは思い出のことなんじゃない?」"
"「ずっと言えなかったんだけど、親父から見合いしろって言われてるんだよね」
「……」
「相手は省庁の偉い人のお嬢さんでさ。断ってたんだけど、会社的にそうも行かなくなってきてさ」
「(真意を測るように、じっと朝陽を見ていて)……」
「この間と話が違うって思うかもしれないけど、結婚ってなると、立場的にひとりじゃ決められないんだ」
「(じっと朝陽を見ていて)……」
「距離を置くっていうか……別れようか」
「(同時に)ごめんなさい」
「え」
「わたしが、そんな嘘つかせてる」
「……嘘じゃないよ」
「嘘だよ」
「嘘じゃない。僕はもう君のこと好きじゃない」
「(朝陽の思いを理解しており、辛く)……」
「もう好きじゃないんだよ」
「わたしはもう決めて……」
「(遮って)決めることじゃないよ。恋愛って決めることじゃない、いつの間にかはじまってるものでしょ。(苦笑し)決めさせた僕が言うことじゃないけど」
「……」
「君が寝てる間に、お母さんの手紙を読んだ」
「(あ、と)」
「僕は、一番の人じゃなくていい。二番目でいいって言ったけど、間違ってた。それは君のお母さんを裏切ることになる。それに、一番や二番なんてない。大切に思う人に順番なんて付けられないんだから」
「(それはその通りで)……」
「ごめんね、悩ませて。君に甘えて、逃げ道を塞いでた」
「(涙が浮かんで)」
「僕を選んだら駄目だ。僕はもう君のこと好きじゃない」"
"「前みたいに分けましょうね」
「(ぼそっと関西弁で)トマトのや」
「え?」
「前頼んだんは、トマトソースと大根おろしの」
「あ……(と、呼び出しボタンを手にする)」
「ええよ(と、薄く苦笑)」
「そうだ。トマトの、美味しかったですよね」
「(標準語に戻り)おぼえてないから」
「あの時、杉原さん……(思い出し、笑って)」
「杉原さん、東京の家具屋さんは広いから迷うって本当ですかって」
「言ってません」
「言いましたよ。行きました? 東京で、家具屋さん」
「まあ」
「迷いました?」
「家具屋さんでは迷って無いです」
「どこで迷ったんですか?」
「六本木ヒルズ?」
「(笑って)」
「何で笑うんですか」
「杉原さん、六本木ヒルズ行くんですか?」
「東京に六年住んでましたから、そりゃ何回かは」
「あそこ、(首を伸ばして見上げ)こう。なりますよね」
「(首を伸ばして見上げ)まあ、なりますね」
「会社の先輩に言われました。ビル見上げるな。見上げたら田舎者だってバレるぞって」
「それ言ったら、お腹空いた犬はみんな見上げてますよ」
「(笑って)お腹空いた犬? 確かにお腹空いた犬は、確かに見上げてますよけど……(と、首を傾げる)」
「(下を向いて、少し微笑って)サスケだって」
「サスケもお腹空いたら見上げますね」
「サスケは東京生まれ、東京育ちですよ」
「(笑って)」
「(笑って)サスケ、元気にしてますか」
「昨日、風呂に入れたら、脱走しました」
「顔がね、濡れるの嫌なんだよね」
「最近ちょっと杉原さんに似てきましたよ」
「(関西弁で)違うよ、曽田さんに似てきたんや」
「(顔を真似してみる)」
「(笑って)それは、ただ、変な顔した曽田さん」
「(笑って)」
「(微笑みながら)全然面白ないし……」
「(そんな音を見つめながら)……今度は、サスケ連れてきますね」
「え?」
「サスケも杉原さんに会いたいと思うし」
「それは(会いたいけど)、遠いし」
「新幹線だって出来たし、(ケージを示し)これに入れて」
「(外の方を見て)入るかな」
「連れてきますね。サスケと一緒に来ますね」
「(外を見ていて)……」
「杉原さんが迷惑でも、僕は……」
「(外を見たまま)迷惑ちゃうよ」
「……」
「(外を見ながら)嬉しいよ」
「……」
「(下を向き)嬉しいに決まってるやん。今かて、めっちゃ嬉しいよ。来てくれて……(と、首を傾げる)」
「……」
「(厨房の方を見て)ハンバーグけえへんなあ」
「(厨房の方を見て)はい」
「……(練に)杏奈」
「はい」
「ほんまはな、おばさんな、帰ってこんでもええよ、東京におりって、言うてくれてんねん」
「はい」
「でもそんなん無理やねん。おばさんひとりで暮らすんは」
「はい」
「あとな、井吹さんもな」
「(頷く)」
「優しい人やから……優しい人やったから(と、言葉に詰まる)」
「(頷く)」
「(言葉に出来ず)……うん」
「はい」
「東京には帰らへん」
「はい」
「ここで暮らす」
「はい」
「引越し屋さん」
「はい」
「好きやで」
「……」
「好きなんやわ」
「……」
「それはほんまに……」"