

読書猫
@bookcat
にんげんのことばやくらしをまなぶために本をよんで、すきなところをめもしています。
さいきん、にくきゅうでぺーじをめくるのがうまくなってきました。
2025/3/7-
- 2025年12月25日
迷うことについてレベッカ・ソルニット,東辻賢治郎読み終わった“迷うこと。官能にみちた降伏。抱かれて身を委ねること。世界のなかへ紛れてしまうこと。外側の世界がかすれて消えてしまうほどに、そのばにすっかり沈み込んでしまうこと。ベンヤミンの言葉に倣えば、迷う、すなわち自らを見失うことはその場に余すところなくすっかり身を置くことであり、すっかり身を置くということは、すなわち不確実性や謎に留まっていられることだ。そして、人は迷ってしまうのではなく、自ら迷う、自らを見失う。それは意識的な選択、選ばれた降伏であって、地理が可能にするひとつの心の状態なのだ。” “何かを書くということを始めたとき、わたしはそれまでの人生のほとんどを子どもとして生きていた。わたしを形づくっていたのは鮮やかで力強い子ども時代の思い出だった。時間とともにそのほとんどはぼんやりと霞んでいった。その一つひとつについて書くたびにそれを手放していった。思い出はほの暗さのなかに生きることをやめて文字に固定され、わrたしのものではなくなっていった。生きるものの帯びる漂うような当てにならなさを失っていった。” “特定の時代に属する者は、ほとんど全員がその時代にしかみられないある種の類縁性を帯びている。” “書くことは十分なほどに孤独だ。すぐには返答も手応えもないものに向かって告白し、沈黙に吸い込まれてしまうか、せいぜい著者がいなくなったずっと後に始まる対話を試みるようなものだ。ところが、最良の文章はまるであの動物たちのように、思いがけず、落ち着きはらって現れるのだ。何も語らずにすべてを語る、沈黙に近づいてゆくような言葉だ。たぶん、かくこととはそれ自体が砂漠なのだ。それ自身が荒野なのだ。” - 2025年12月19日
兄の終い村井理子読み終わった“資格・免許の欄の下にある志望動機をなんとなく読みはじめ、引き込まれた。兄の文章を読むのは初めてだった。 頭のなかで、兄が必死にキーボードに向かう姿が再生された。背中を丸め、見えにくくなった目をモニタに近づけて、ゆっくりと指を動かす姿が。 [志望動機] 糖尿病の合併症により、一時期仕事から離れていました。現在は治療も安定し、小学生の息子のために早急に生活を立て直したいと決意し、ハローワークにて求職活動をしているところです。年齢的なこともあり、若い方々との現場仕事ではご期待に添えないことも多々あるかも知れません。再起をかけて新人のつもりで気持ちを引き締めて頑張って参りたいと思っております。ご検討のほどよろしくお願いいたします。 息子がまだ小学生ですので、学校行事、病院その他、休ませて頂くことがあるかもしれません。極力ご迷惑をかけないよう、事前に連絡調整をさせて頂きますが、子どもの緊急の場合、どうかご容赦頂きますようよろしくお願いいたします。” - 2025年12月16日
百年の散歩多和田葉子読み終わった - 2025年12月15日
風の道 雲の旅椎名誠読み終わった“世界のいろんな国と日本との違いは何か──と聞かれたとき、ひとことで答える方法がある。 「日本の犬はつながれているけれど、ヨソの国はみんな自由」 簡単だけど、少しかなしい現実なのだ。” “どこを旅していても、窓からの空がいつもとても気になる。晴れていても曇っていても、たとえ雨ばかりでも、窓から空が見える部屋がいい。 そうして四角く区切られたむこう側を、雲がゆっくりのったりと動いていく風景を、もっといろんなところで、いろんな気分で眺めてみたい、と思う。” “時おり花は何を考えているのだろう……と思うことがある。犬にくらべると、花はいかにも何も考えてはいないように思えるが、でもそれだったら、どうしてあのようにニンゲンが見て美しく咲くのだろうか。そこのところがとても不思議だ。” - 2025年12月14日
読み終わった“人の記憶に貼りつくように残ることができるのは、間違いなくその人の才能である。” “某月某日 文字の夢を見る。 文字だけの夢はときどき見る。本を読むときみたいに、夢が全部文字で構成されている。” “どこかへいけばかならず帰ってくる。自分の暮らす街の、自分の暮らすアパートにたどり着くころには、移動の孤独も滞在の孤独も、影もかたちもなくなっている。ではまったく孤独から解放されるのかといえばそんなことはなくて、これまた違った形態なり感触なりのそれが、きちんと玄関先で私を待っている。” “泣いたり、憤慨したりにやついたり、だれかの手を握ったり離したり、バスに乗ったり道ばたに寝転がったりしながら、どの現実を歩いていくのかも私たちには選ぶことができるのだと思う。どの現実を、もしくは現実の隙間を、どんなリズムで、どんな足どりで。” - 2025年12月14日
世界が問いである時 答えるのは私だけ谷川俊太郎読み終わった“大変な自分と出会うまでは、ほんとに自分と出会ったことにならないんじゃないか。” “自分の内部で、ひとりでつくることの出来る幸福があり、それとは別に──とはいうもののもちろんそれと切り離しては考えられぬことだが──自分と他人とが、協力しあってつくってゆかねばならぬ幸福があると私は思う。” “自分がいかなる仕事をしようと、私は運命の単純さというものに常に気づいていたい。” “好きには道徳も責任も罪もともなわない。 だがつとめて無邪気をよそおって、好きを連発していても、いつのまにかそこに愛がしのびこんでくる。” “生活とはひとつの人間的な秩序なのだ。 その秩序の中に自らをあずけてこそ、人間は六十年もの長い歳月をたとえ倦怠しながらでも生きてゆけるのに違いない。” “老いのいいところは、少しずつではあるが自分が社会から免責されていくような気分になれるところだ。もうそんなに人さまのお役に立てなくてもいい、好きに残りの人生を楽しんでいいと思えるのは老人の特権だが、それを苦痛に思う人もいるだろう。ひとりぼっちを受け入れることにつながるのだから。” “自分にふさわしい生き方をつくらずに、文章のリズムをつくることはできない。” “書いていて、こんなことはもうとっくの昔に誰かが言っている、と思うことがあります。自分の言葉だと考えていても、それは他の無数の言葉から学んだものであり、またそれらとまじり合ったもので、覚えた言葉を自分の生きてきた経験によって感じ直し考え直し、自分なりの意味を与えようとするところに、独自な文体というものが生まれるのではないでしょうか。” - 2025年12月14日
時間は存在しないカルロ・ロヴェッリ,冨永星読み終わった - 2025年12月12日
- 2025年12月7日
- 2025年11月28日
私という小説家の作り方大江健三郎読み終わった“雨のしずくに 景色が映っている しずくのなかに 別の世界がある” “言葉が、私を現実から引きずりあげて、想像力の世界に追放したのだ……” “すでに小説はバルザックやドストエフスキーといった偉大な作家によって豊かに書かれているのに、なぜ自分が書くのか? 同じように生真面目に思い悩んでいる若者がいま私に問いかけるとしよう。私は、こう反問して、かれを励まそうとするのではないかと思う。すでに数えきれないほど偉大な人間が生きたのに、なおきみは生きようとするではないか?“ “このような書きなおしに際して、ものを感じるために、石を石らしくするために、という芸術の目的、効用をいうロシア・フォルマリズムの原理が役立つのだ。どうもこの一節はものを感じとらせない、という思いがあれば、なんとしてもそこは書きなおさなければならない。そのままにしておいては、小説の文章でない一節がまじり込むことになるのだから。” “本来、言葉とは他人のものだ──こういいきるのが過激すぎるなら、すくなくともそれは他人と共有するものだ──。(中略)そういえば、すべての小説も詩も、他人との共有の言葉によって、つまり引用によって書かれてきたのだ。” “そこで私は、最初に書いた、この宇宙、世界そして人間の社会、この内部へと耳を澄まし、眼を見開くようにして、そこをみたしている沈黙と測りあう言葉を探す自分、というところに立ち戻るのである。小説の草稿を、それもノート段階でなく、ひとつの全体をめざして書き始め、書き進めてゆく時、そこに積み重なってゆく言葉こそが、現にいま書いている自分と、大きい沈黙に耳を澄まし眼を見開いている自分との間に橋をかける。私がこれまで滑走路と呼んでいたものは、むしろ橋とこそ呼ぶべきだっただろう。 その橋がかかった時──あれが来た時──わたしは 小説家として宇宙、世界、人間の社会に、独自の内面をそなえた個として、本当に生きている。それは自分に才能があるかどうかを確かめるよりもっと重要なことだ。それは、あるいはそのようにして書きあげた作品自体よりも、なお本質的なものの達成であるかも知れないのだから。” - 2025年11月27日
石垣りんの手帳田中和雄,石垣りん,石垣英雄,谷川俊太郎,関容子,高橋順子読み終わった - 2025年11月26日
気になる部分岸本佐知子読み終わった“胃薬のコマーシャルで、胃の中に茶色くもやもやした悪の部分が描かれていて、そこに顆粒状の薬が流し込まれると悪いもやもやが押し流されるのだが、それが完全になくならずに、必ずちょっとだけ残る。あれがひどく気になる。「ああ、あそこのところがまだなのに」と、いつももどかしく思う。” “極寒の夜明け前、寝巻きにサンダル姿で、ニワトリを持って小学校の校庭を走っていたのは、あの時、あの瞬間、たぶん世界で自分一人だったと思う。ニワトリは温かくてほどよい重さで、手の中でじっとしていた。” “翻訳の仕事を始めて何年かがたった。わずかな年月とはいえ、勤めていた頃とくらべてずいぶんといろいろな変化が身の上に起こった。 たとえば、満員電車に乗れなくなった。筆まめになった。酒量が減り、睡眠時間が増え、貯金は減り、知っていても何の得にもならない知識が増えた。” - 2025年11月21日
幽霊の脳科学古谷博和読み終わった - 2025年11月19日
これがそうなのか永井玲衣読み終わった“ひとつ言えるのは、自分の言葉とは決して、わたしがひとりだけでつくりだしたという意味ではないということだ。そうではなく、わたしの口からまさに語りだされようと這い出しつつある言葉であり、その言葉はどこまでも「わたしのもの」ではない。言葉は、わたしが好き勝手に管理できるものではない。他者によって耕され、育てられるものであり、あるいは言葉それ自体が自律的に動いているものである。” “「口」はわたしの身体である。わたしの身体はわたしのものであり、わたしの意志によって身体を動かすことができる。そう思われている。だが、実のところ、身体はわたしの身体であるにもかかわらず、わたしを超えて存在する。 ゆで太郎の口になってしまったのならば、もうわたしたちはどうすることもできない。わたしの意志など関係なく、わたしの口はもうゆで太郎の口なのだ。頭からゆで太郎が離れないとか、とても食べたいとか、そうした欲求以上の、なにか言い切れない身体のままならなさがこの言葉には表れている。” “わたしたちはさまざまな苦悩を抱える。共に生きることが苦手で、誰かを傷つけて、そんな自分にも傷ついている。尊大で、ちっぽけで、未練がましくて、自意識にまみれている。だからこそ、誰かと生きなければならない。弱くて、みっともなくて、しょうもないからこそ、誰かに話をきいてもらったり、話をきいてあげたりしながら、何とか一緒に生きようとする。虎になってしまうと怯えながら、あるいは虎になってしまいたいと欲望しながら、それでも人間でありつづけようとする。だが、そういう生き方はたしかに存在するのだ。” “最近は特に、対話の核心とは、共に座ることではないかと思うようになった。” “他者と共に座るとき、本を読むとき、また文章を生み出そうと原稿を書きつけるとき、他者に問われるとき、わたしはあなたと出会っている。他者は可能性である。広々とうつくしく、はりつめた可能性なのだ。” - 2025年11月19日
求めない練習カン・ヨンス,吉川南読み終わったショーペンハウアーの言葉 “人生とは、苦痛と退屈の間を行き来する振り子のようなものである。” “人生のうち最初の40年は本文であり、次の30年は本文に対する注釈である。” “虚栄心を持つと口数が増え、誇りを持つと寡黙になる。” “人間が完全に自分でいられるのは、ひとりでいるときだけだ。つまり、孤独を愛さない者は自由を愛していないのである。” “愛は主観的であり、尊敬は客観的である。” - 2025年11月18日
- 2025年11月13日
Street Fiction by SATOSHI OGAWA(1)JAPAN FM NETWORK,TOKYO FM,小川哲読み終わった“小川 僕は、自分が思いつくようなことは基本的に誰でも思いつくだろう、という気持ちがあるんです。どうしたって凡庸であることは避けられない。映画のように演者もカメラ技術も使えない小説世界で、じゃあその凡庸さをどう突破すればいいのかということはいろいろ考えてみたのですが、僕の場合はパッと思いついたことをとりあえず書いてみるんです。つまり、自分が書こうとして書いたものよりも、書いてしまったものを重要視する。たとえば、ある人物が移動するシーンを書かなきゃいけないとして、タクシーに乗ったとする。そこで、タクシーの運転手と会話が始まったら、じゃあこの運転手ってどんな過去を持って、どんな経緯でタクシーの運転手になったのかを考えてみる。このとき現れたタクシー運転手は、僕が最初に構築したプロットにはいなかったキャラクターなんですよ。そういうキャラクターを物語に参加させることで、いろんな複雑さ、テーマのレイヤーや構図が生かされ、最初に思い浮かんだ定型から外れていく……。僕が小説を書くときはそんなイメージですね。” (濱口竜介との対話にて) - 2025年11月10日
マダム・エドワルダ/目玉の話ジョルジュ・バタイユ,中条省平読み終わった - 2025年11月9日
駅から徒歩138億年岡田悠読み終わった“川歩きは川さえ見ていればいいから、地図が必要ない。” “散歩の良いところは、適度につまらないところだ……と品田遊さんの著書『キリンに雷が落ちてどうする』に書いてあった。 面白すぎるコンテンツには、脳のリソースが割かれてしまう。一方で散歩は常時適度な刺激がありつつ、同時に適度につまらないから、つまらなさを補おうと脳が勝手に働き始める。それで散歩をしていると、アイデアが生まれたり、空想が広がったりしやすいという。” “少なくともAIはまだ、川を歩けない。歩くことが、最後に残る仕事かもしれない。” - 2025年11月5日
読み込み中...

