Reads
Reads - 読書のSNS&記録アプリ
詳しく見る
読書猫
読書猫
読書猫
@bookcat
にんげんのことばやくらしをまなぶために本をよんで、すきなところをめもしています。 さいきん、にくきゅうでぺーじをめくるのがうまくなってきました。 2025/3/7-
  • 2026年5月21日
    じっと手を見る
    (本文抜粋) "私はもう少し、この町にいてもいいんだろうか。 この男のやっかいさは、私をどこに連れて行ってくれるんだろう。" "「ここしかいられる場所がもう僕には」" "人の体は永遠に繁茂する緑ではない。けれど、永遠じゃないから、私はそれがいとおしい。"
  • 2026年5月20日
    わたしたちに許された特別な時間の終わり
    (本文抜粋) "自分そのものについての話は絶対にしないというようなことが、いつのまにか二人のあいだでなんとなくのルールのようなものとして諒解されていることの奇跡、みたいなことを感じていた。それが奇跡だということを、あえて口に出して言ったりは、絶対にしないでおこうと固く思っていた。バカみたいだけど、言ってしまうことでなにか変質してしまうのを、恐れていたからだった。それは僕には、あるいは僕らには、絶対に守るべき大切なルールに思われた。" (「三月の5日間」より) "夫が日記を、たとえわたしに見ることができないところにでもいいので、もし書いているとしたら、そこには、わたしのことも書かれているのだろうか? でも、そんなことをわたしが今思ったのは、書かれていてほしいからなのか、それとも逆で、書かれていてほしくないからなのか、わたしはそれは、自分では全然よくわからない。" (「わたしの場所の複数」より)
  • 2026年5月19日
    論理哲学論考
    論理哲学論考
    (本文抜粋) 一・一 世界は事実の総体であり、ものの総体ではない。 二・一 われわれは事実の像を作る。 三 事実の論理像が思考である。 四・一一二 哲学の目的は思考の論理的明晰化である。 哲学は学説ではなく、活動である。 哲学の仕事の本質は解明することにある。 哲学の成果は「哲学的命題」ではない。諸命題の明確化である。 思考は、そのままではいわば不透明でぼやけている。哲学はそれを明確にし、限界をはっきりさせねばならない。 四・一一六 おそよ考えられうることはすべて明晰に考えられうる。言い表しうることはすべて明晰に言い表しうる。 五・六 私の言語の限界が私の世界の限界を意味する。 五・六三二 主体は世界に属さない。それは世界の限界である。 七 語りえぬものについては、沈黙せねばならない。
  • 2026年5月18日
    帰れない探偵
    帰れない探偵
    (本文抜粋) “「疑うことと、人を信じることって別じゃないですか? どんなに信頼してる、すごく好きな人でも、その人が何をするかなんてわからないでしょう。自分で自分のことだってわからないのに」” “「わたしの育った国は、小さくて人口もそれほど多くないんだが、」 テラさんは、わたしが買ってきたほうのフライを食べていた。この店のはビネガーと塩の塩梅がすばらしい。 「わたしが生まれる少し前から、すべてが記録されている」 窓の向こうの空を見ながら、テラさんはゆっくりと話した。 「記録を取り出せるのは、国の機関だけだ。わたしたちみたいな探偵が調べても、知ることができるのは上澄みの、ほんの一部に過ぎない。つまりは表向きのデータだ。だが、国の機関や、それに連なる企業は、そのデータを利用している。小学校一年生のテスト結果も、デートで入った店も、国や一部の企業の発展のために有益なのだそうだ。しかし、そこにある私の人生のすべての記録だとされる記録が、ほんとうにわたしが経験したものと同じなのかどうかは、知ることができない」” ”「わたしはね、学校で習う言葉とは少し違う言葉で育った。正しい言葉として国が決めた言葉も、周りの人たちから受け継いだ言葉も、もう長い間話していない。だんだん忘れるというか、自分の中から失われていくのは、学校で習った”正しい”ほうの言葉なんだ。生まれて最初に聞いた言葉、話した言葉、友人たちと毎日どうでもいいようなことをしゃべり続けていた言葉は、わたしの中から消えない。長い間会っていない友人たちの声が、何十年も前に交わした言葉が、今もときどき聞こえてくる」“ ”書かないことは、そこに確かにいた彼女の存在をなかったことにすることだろうか。“ ”大きく開け放たれた窓の外に、青い海が広がっていた。 ここからは、海は穏やかに見えた。水平線まで、淡い緑色の光を放っていた。 それは、わたしがこの世界で見た、もっとも美しい海だった。こんなに美しい海があることを、わたしはそれまで知らなかった。“
  • 2026年5月17日
    すごい古典入門 ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』の基本
    (本文抜粋) “もしかしたら、「言語化」礼賛の風潮を批判する内容を期待してこの本を手に取ってくれた方も、なかにはいるかもしれません。でも、最初におことわりしておくと、ウィトゲンシュタインはそのような批判を展開しているわけではありません。 むしろ、彼は『論考』の序文で、「およそ語りうることは明瞭に語りうる」とはっきり言っています。” “言語化可能なことの限界を引く『論考』という書物は、同時に、哲学の問題の大半は疑似問題だと言い放つ一書なんです。その意味で、彼は大胆にも、哲学を終わらせることをはっきり企んでいたのです。” “現代の日本を代表する詩人のひとり、石垣りんは、「立場のある詩」(『ユーモアの鎖国 新版』所収)というエッセイのなかで、詩についてこう述べています。詩とは何か。詩とは、たとえば虹を詩的に書くことであると多くの人が考えているようだ。しかしそうではなくて、「虹をさし示している指、それがどうやら詩であるらしい」というんですね。”
  • 2026年5月17日
    半うつ 憂鬱以上、うつ未満
  • 2026年5月16日
    IDOL
    IDOL
    (本文抜粋) "「夢」は未来では軽犯罪にあたるものになった。以来AIシステムの助力もあってとくに若い世代で殺人や病死や事故や自殺が明確に減り、健康に長生きできる社会が実現された。「夢」は健康に悪い。時代が進むにつれ睡眠時間の減少がますます社会問題化し、加速するプライバシーの侵害や、あらゆる娯楽と労働の低年齢化が進み、それとなく一般層から「夢悪説」が流行しはじめ、それが採用されてしまった形だ。" "「ふむ。「小説」か……。とくに「現代小説」と呼ばれるヤツはAIによって一時的爆発的に技術革新が起きた。けどAI身体群によって創作された作品は生身体には容易にその素晴らしさを読み解けず、次第に歴史的接続と、その価値を見失った「作家」と「批評家」のメンタルヘルスが著しく悪化しているという研究報告が出され社会問題化してたって論文は読んだことあるな」 「その通り。一五五が言うように、その時期以降、しぜんにAIは生身体に配慮した「現代小説」を書き始めた。つまり、一挙に「新しい」認識を言語化するのではなく、小出しに小出しにまだギリギリ「言葉にされていないことを言葉」にするように気をつけたんだろうね。すると。「作家」のメンタルヘルスは一挙に回復し、それどころかその技術にも爆発的革新が起きた。批評家は根絶されたけど、その一部は優れた小説家兼AI技術者になった」" "この時代の人間は、「夢」や「才能」を伴わない努力に敬意を払うけれど、それはそういう「フィクション」が好きなだけで、そういう「物語」が好きなだけで、現実には凡人が「天才」に敗れて体か心を壊して辞めていくような「ドラマ」が好きなだけだって、大人だったらみんな知っている。" "そもそも、キルトも分かってるやろうが、基本的に表現者のほうが自主規制を進めていった結果、そもそもどんな表現ジャンルでもまず「面白い」ことが暴力やねんから、「面白い」をみんながなんとなしに自主規制していった結果が僕らの時代の表現の末路やん。そもそも「表現」は人間に不可欠やとしても、そこに「面白い」は絶対的には必須やない。「面白」くないもののほうに救われるひと人も大勢おるんやから、これは人それぞれや。" "かつてここに誰かが居たかもしれなくていまはきっと居ない。これはこの時代の人間が幽霊と呼ぶ感覚にちかいものだった。"
  • 2026年5月14日
    くじ
    くじ
    (本文抜粋) "ここでサマーズ氏がひとつ咳払いをして、手にした名簿に目を落とすと、群衆は急に水を打ったように静まりかえった。「みんな、用意はいいか?」と、サマーズ氏は声をはりあげる。「さて、これからわしが名前を読みあげる──一族の長が最初だ──そしたら、呼ばれたものは前に出てきて、箱からくじを引く。全員が引きおわるまで、くじはひらかず、たたんだまま手に持ってること。いいかね? みんなわかったな?」"
  • 2026年5月12日
    かわうそ堀怪談見習い
    (本文抜粋) "「幽霊、見たことないって言うたやん」 わたしは頷いた。 たまみは、わたしの目をじっと見た。 「それ、ウソついてるで」 ドアが閉まり、車両は動き出した。窓越しに、たまみは笑顔で手を振って、離れていった。" "谷崎さんが怪談を書かれるなんて意外、と思ったんですけど、読み返してみると恋愛小説の中にも少しその要素がありますね。 打ち合わせで、編集者はそう言った。 どういうところがですか? とわたしは聞き返した。 なんと言ったらいいか、常にそこにいない誰かのことが人の心理に影響しているというか……。登場人物たちがなんとなくその場じゃないところに心が浮遊している感じがあって……。"
  • 2026年5月11日
    医者にオカルトを止められた男 オーケンのムー的不思議エッセイ
    (本文抜粋) "僕は医者にオカルトを止められた男である。 そしてまた、後に UFOに関してはドクター・ストップを解除された経歴を持っている。" "「人類が滅亡するわよ! ……おかえりなさい」 ごく普通のトーンでおかえりなさいを言った。「ただいま」「おかえり」の間に「人類滅亡」が挟まれるという、恐怖の大サンドイッチにはそりゃ驚いたもんだが、人類が滅亡しようとも、とりあえずおやつあるわよ、宿題してからね、という母の”日常立ち返り力”には圧倒された。" "「お供えものはご近所の霊の人々と分け合うのが礼儀になっているから、詰め合わせにしろ、って」" "「組合に入ってねえから」 「組合、って……イタコの組合ですか?」"
  • 2026年5月9日
    ウェイクフィールド / ウェイクフィールドの妻
    (本文抜粋) ”人の愛情に亀裂を生じさせるのは危険である。それが大きく、幅広く開いてしまうからではなく、あっという間に閉じてしまうがゆえに!“ ”かくも変わってしまったというのに、本人はめったにそれを自覚せず、相も変わらず己を同じ人間と見ている。“ ”この神秘なる世界の、見かけの混乱のなかにあって、人間一人ひとりは一個の体系にきわめて精緻に組み込まれ、体系同士もたがいに、さらには大きな全体に組み込まれている。それゆえ、一瞬少しでも脇にそれるなら、人は己の場を永久に失う恐ろしい危険に身をさらすことになる。ウェイクフィールドのように、いわば宇宙の追放者になってしまうかもしれぬのである。“ (「ウェイクフィールド」より)
  • 2026年5月7日
    性的であるとはどのようなことか (光文社新書)
    (本文抜粋) “雰囲気は、私たちの行為を正当化したり、不自然なものとして退けたりする力を持っている。” ”ある雰囲気が誰にとって過ごしやすいのか、誰を中心に設計されているか、誰を居心地良くさせているのか、誰を居心地悪くさせているのかを考えなければならない。“ ”えっちさの判断は自分のアイデンティティを裏切る。思っても見ないものに自分が憧れていることを知ってしまう。考えてもみなかったものに共苦することに気づいてしまう。“
  • 2026年5月6日
    プレイヤー・ピアノ
    プレイヤー・ピアノ
    “わたしはときおり芸術はなんの役に立つのかと疑いをもつことがあります。わたしに思いつけるいちばんましな答えは、みずから『坑内カナリヤ理論』と名づけたものです。この理論にしたがえば、芸術家が社会にとって有用なのは、彼らがきわめて敏感であるためです。彼らは敏感すぎるほど敏感である。そのために、もっと強壮なタイプの人間がまだなんの危険にも気づかない前から、彼らは有毒ガスの発生した炭坑の中のカナリヤのように、目をまわしてぶっ倒れるのです。” (訳者あとがきに引用されたカート・ヴォネガットのエッセイの一部)
  • 2026年5月6日
    第七階層からの眺め
    第七階層からの眺め
    (本文抜粋) “何分も、何時間も、<実在>が彼女のために船に乗って戻ってきてくれる日について考えた。<実在>は途方もなく音楽的な呼吸音で彼女にささやくだろう。指で優しくふれて、彼女を焦がすだろう。彼女の名前を口にして、彼女を空へと運ぶだろう。そして、二人は一緒に島から出発して、未来に対する輝くばかりの夢によって空間の層をいくつも通りすぎていくだろう。” (「第七階層からの眺め」より) “アクィナスはそのときまだ五十歳にもなっていなかったが、その数ヶ月後に死ぬことになる。著述をあきらめた理由をレジナルド修道士に問われると、彼は答えた。「私はもう書けない。私の著作すべてをつまらぬものにするものを、見たのだ」” (「思想家たちの人生」より) “他人の家というものは、本質的になにか物悲しい。どの部屋にも他人に属する品々が無数にあり、そのだれかさんの日常生活の存在が感じられる──電灯や敷物、蔵書や食器類などがすべて一緒くたになって、小川が大地へと吸いこまれて干上がるのとおなじくらいゆっくりと、うつろに、時間をすごす。人はそんな小川の底を歩くこともできるし、流れによって削られた跡をたどることもできるが、水は一滴たりとも味わうことができない。” (「壁に貼られたガラスの魚の写真にまつわる物語」より) “私は自分をだれかに引き渡さねばならないのです。すすんで私を受け入れてくださるだれかに。私は愛することが足りませんでした。エネルギーの行き場がないのです。” (「ジョン・メルビー神父とエイミー・エリザベスの幽霊」より) “このときから数千年かかって、人類は死者の肉体から記憶を回収する処置を開発することになる。そのときまでに、あなたが生きていたころのことは、野蛮で粗暴な物理的破壊の時代として思い起こされるようになり、退廃的文化を扱う歴史家の興味しか引かなくなっている。しかし、科学的研究という名目で、あなたのいた世紀の遺体が記憶再生ように発掘されて、その中にあなたのものも入っている。” (「ルーブ・ゴールドバーグ・マシンである人間の魂」より) “自分の人生について考える時間はたくさんあり、アメリカ人がカメラで空中に穴を開けて、向こう側から光が注ぎ込まれてきたあの日、私が得た洞察は錯覚ではなかった。あの瞬間、神はその視線を私に注いで、私はそれにさらされた。私のある部分は、ひっそりした生活を永遠に奪われたのだ。” (「空中には小さな穴がいっぱい」より)
  • 2026年5月5日
    ミスター・チームリーダー
    (本文抜粋) “自分は、身体づくりを「自分らしさ」の追求だとは思わない。「自分磨き」の延長だとも思わない。こういう「ボディメイク」界隈にいると「過去の自分を超える」とか「自分と向き合う」とか「自分史上最高の身体になる」とか、やたらめったら「自分」が出てくる。とりわけ「自分らしく」が賞賛されて、身体づくりにそういう面があるのは否めないが、しかし「自分らしく」に言うほどの価値はあるのだろうか。ほっといたら誰だって「自分らしく」なれる。後藤が思うに「自分らしく」は、人が手を抜くときの常套句で、それを口癖のように唱えていたら、人間は最もヘナチョコな状態になってしまう。だって、この世に素のままで評価される人はいない。赤の他人に認められるために、誰しも懸命に努力するものだ。人間の価値はいつにしたって「自分らしく」を越えたところにある。”
  • 2026年5月5日
    NHK「100分de名著」ブックス シェイクスピア ハムレット
    (本文抜粋) ”聖書には「復讐するは我にあり」という神の言葉があります。つまり、復讐するのは人間ではなく、神でなければならない。それでももし自ら復讐しようと思うならば、神に代わって復讐するということでなければいけないわけです。そのためには、ひとりの弱い人間としての立場ではなく、自分が神と一体化しなければならない。“ ““To be, or not to be”(「生きるべきか、死ぬべきか」)のジレンマで悩んでいるかぎり、何かのきっかけでつまずいて自殺してしまったり、あるいはとんでもない事件を引き起こしてしまったりすることもあります。そこまでいかなくとも、人生が息苦しい閉塞感に陥ってしまいます。そうならないためにも、理性か熱情かという二項対立から脱け出て、第三段階のハムレットのように、もっと大きな観点から弱い人間としての自分を見る、という感性が必要でしょう。”
  • 2026年5月4日
    灯台守の話
    灯台守の話
    (本文抜粋) ”ソルツ。それがわたしのふるさとだ。海になぶられ、岩に噛まれ、砂に研がれた貝殻みたいな町。そう、それと、灯台と。“ ”「どうしていっつも一つのお話をするのに、べつのお話を始めるの?」 「そりゃあ、何もないところからひょっこり始まる話なんか一つもないからさ。親のいないところに子が生まれないのとおんなじだ」 「あたしは父さんなしで生まれたよ」 「そして今じゃ母さんもなしってわけだ」 わたしは泣きだし、それを聞いてピューは悪いことを言ったと思ったのだろう。わたしの顔に触れて、涙をそっとなぞった。 「それもまた一つの話だ。自分を物語のように話せば、それもそんなに悪いことではなくなる」“ “誰かの元を去って、なおかつ共にいることはできるだろうか? できる、と彼女は思った。彼女にはわかっていた。今日これからどんなことが起ころうと、二人がどんな決断を下そうと、自分が彼を失うことになろうとなるまいと、そんなことはもうどうだっていいことなのだと。まるで芝居か小説の中の登場人物になったような気持ちだった。それは一つの物語だった。” “人生が途切れ目なくつながった筋書きで語れるなんて、そんなのはまやかしだ。途切れ目なくつながった筋書きなんてありはしない。あるのは光に照らされた瞬間瞬間だけ、残りは闇の中だ。” “わたしの体は、ジャコウネコと家猫でできている。 この野性の心と人恋しい心のあいだで、どう折り合いをつければいいだろう? 野性の心は自由を求め、人恋しい心は家にかえりたがる。ぎゅっと抱きしめてほしい。(あまり近くに寄らないで。)夜になったらわたしを抱きあげて家に連れてかえって。(誰にも居場所を知られたくない。)誰にも見つからない岩のすき間に隠れていたい。(あなたといっしょにいたい。)”
  • 2026年5月3日
    幽霊たち(新潮文庫)
    幽霊たち(新潮文庫)
    (本文抜粋) ”まずはじめにブルーがいる。次にホワイトがいて、それからブラックがいて、そもそものはじまりの前にはブラウンがいる。“ ”彼はこう思う。何が起きたかを書いたところで、本当に何が起きたのかが伝わりはしないのだ。報告書を書く経験においてはじめて、彼は、言葉がかならず役に立つとは限らないということを思い知る。伝えようとしている事物を、言葉が見えにくくしてしまうことも時にはあり得るのだ。“ ”書物はそれが書かれたときと同じ慎重さと冷静さとをもって読まれなければならない。彼は一挙に理解する。こつはゆっくり読むことなのだ、と。言葉に接するときのいつもの速さを捨てて、じっくり読み進めることなのだ。“ ”書くというのは孤独な作業だ。それは生活をおおいつくしてしまう。ある意味で、作家には自分の人生がないとも言える。そこにいるときでも、本当はそこにいないんだ。 また幽霊ですね。 その通り。 なんだか神秘的だ。“
  • 2026年5月2日
    黄金比の縁
    黄金比の縁
    (本文抜粋) “それにしても、総合的に、か。何て胡散臭い言葉だろう。新卒採用では何か一つに秀でたスペシャリストではなく、万事に柔軟なジェネラリストを雇う。「世界をリードするエンジニア集団」を自負するKエンジでさえ、そこは「ポテンシャル採用」だ。そして「総合的に」がやたら新卒採用で叫ばれるのは、このポテンシャルというのがどうしたって評価できないからだ。” “「縁」と口にすることにより、誤魔化される生臭さがある。「縁」により蓋をされ、丸め込まれる罪深さがある。だってそれは「縁」などではないのだ。他でもない採用担当、お前自身が、ジャッジしているんじゃないか。” ”人間が人間を選び捨てるプレッシャーはただごとではないのだ。だから私たちには黄金比が要る。そうでもしないと生身の人間に優劣などつけられない、否、つけられないというより、つけてはならない。この評価軸が正しいか間違っているかは、究極、どちらでもいいのだ。“ ”好奇心は猫を殺すらしい。私は猫じゃないから、多分大丈夫だろう。“
  • 2026年5月1日
    フッハッ!な純文
    フッハッ!な純文
    (本文抜粋) ”その雑誌は、僕のところにも恵送せられて来ていたのであるが、それには僕の小説を、それこそ、クソミソに非難している論文が載っているのを僕は知っているのだ。それを、眉山がれいの、けろりとした顔をして読む。いや、そんな理由ばかりではなく、眉山ごときに、僕の名前や、作品を、少しでもいじられるのが、いやでいやで、堪え切れなかった。いや、案外、小説がメシより好き、なんて言っている連中には、こんな眉山級が多いのかも知れない。それに気附かず、作者は、汗水流し、妻子を犠牲にしてまで、そのような読者たちに奉仕しているのではあるまいか、と思えば、泣くにも泣けないほどの残念無念の情が胸にこみ上げて来るのだ。“ (太宰治「眉山」より)
読み込み中...