
ハム
@unia
2025年6月9日

親ガチャの哲学
戸谷洋志
読み終わった
「親ガチャ」という概念自体は残念な言葉だけど言い得て妙で、今の社会をかなりうまく映し出していると思う。
問題の本質はその人にそう考えさせ、そう考えでもしなければ生きていくことさえままならなくさせている、苦境や社会のありかたのほうにあるという。
「格差社会が悪いというより、格差程度で行き詰まる社会的包摂性のなさが悪い」
著者が引いてる宮台真司のこの言葉、いかにも宮台真司なんだけど、親ガチャという出生の偶然性に根付く決定論に陥ることによる責任の主体の喪失を取り戻すためにこそ社会は機能していくべきとする。
自己責任論、反出生主義など堂々巡りしがちなテーマを「責任」という概念で説明していくんだけど、同じ著者の「スマートな悪」でも責任の主体が奪われた社会を論じていたし、現代という文明社会は責任の主体をあらゆるかたちで奪っていく。
文明社会って間違いなく幸福度は高まっているはずなのにひっきりなしにこうした問題が出てくる不思議。
親ガチャによる自暴自棄といったニヒリズムに対して本書で提示された処方箋は悩んでいる人の声に耳を傾けること、それは対話の場であったりコミュニティによる連帯であるという。
自分の人生に責任を持つことは他者との連帯のなかで可能になる。
親ガチャは出生の偶然性による絶望感なのにそうした偶然性があるからこそ連帯できるという論理をハイデガーやアーレントなどで説明していく過程は哲学の醍醐味というか、言葉遊びや理想論とも言われがちだけど哲学の汎用性の高さを感じる。






