
福藻
@fuku-fuku
2023年2月9日

シェル・コレクター
アンソニー・ドーア,
岩本正恵
もらった
ケニア沖でひとり暮らす盲目の老貝学者、
リベリアの内戦から逃れ身を隠す青年、
空を撮り続けるタンザニア生まれのカメラマン──。
自然の美しさ、そして厳しさをとおして
自分の内側と向き合う人々の物語。
収録作のひとつ、
『たくさんのチャンス』の主人公・ドロテアは、
掃除夫の娘であることに引け目を感じる14歳。
ドロテアは目立たぬよううつむいて歩く。
足先には安物のスニーカー。
緊張すると息を止める癖。
ある日、父が造船の仕事に就くことになり、
海辺の町への引っ越しが決まる。
新しい家。
新しい町。
新しい暮らし。
新しい自分。
──それでも母は心を閉ざしたままだった。
初日から言い争う両親の姿。
どこに行っても生活は変わらない。
「空っぽの海、弱々しい光、しみだらけの地平線。
かすんだもやのなかから押しよせる波。
ふと、この惑星には生命あるものは
自分しかないのではないかと思い、怖くなる」
孤独だけが押し寄せる海で、
ドロテアは少年に出会った。
少年は生命ひしめく海を愛していた。
海泥を掬いとり、ドロテアに差し出す。
はじめは何も見えない。
でも目を凝らしてみると、
小さなハマグリが、巻貝が、
半透明のカニやウナギのような魚が、
たくさんの命がそこにはあった。
人を好きになるって、
海は空っぽではないと知ること。
それを知り続けたいと思うこと。
掃除夫の娘でも造船技術者の娘でもない自分でいられるようになること。
この世界にはまだ、たくさんのチャンスが残っていると信じられること。
私はそのことをよく知っていた。
ドロテアがそれに気づかせた。
私の身に嬉しいチャンスが舞い込むようになったのは、
思い返せば、心から好きだと思える人と出会ってからだった。
ないと決めつけていたチャンスが自分にだってあることを、
知らぬ間に信じられるようになっていた。
それまでの卑屈な人生には本当に、もう本当に何にもなかった。
この本は、結婚一周年の贈りもの。
何より大切にしている一冊でもある。


