
鳥澤光
@hikari413
2025年7月2日

マラケシュの声: あの旅のあとの断想
エリアス・カネッティ
読み終わった
はらくんありがとう
読む本読んだ本2025
嫌悪感や哀しみを言葉にして残す。憐憫を否定しない。こういう文章をほかにどんな人が書きえただろう。読みすすめるうちにいろんな感想が浮かんでくる。一冊の本を読んだのではないみたいになる。こんな本がなんてことない顔をして本棚に刺さっている幸せを思う。(はらくんありがとう)
14の断想のうち、特に印象的だったのが「駱駝との出会い」「格子窓の女」「ダッハン家」と「見えざる者」。「スーク」の景色も。
《〈今日は香辛料たちのなかへ入ってみたい〉と、かれは思う。すると、さまざまな香辛料の入りまじったすばらしい匂いがかれの鼻をつき、目の前に赤い胡椒の入った大きな籠がいくつも見える。〈今日は染めた羊毛たちのところへ行けたらいいんだが〉すると、もう緋色や紺色やオレンジ色や黒色に染めた羊毛がまわりの店のどの天井からもぶら下がっている。〈今日は籠たちのなかへ入って、籠を編んでいるところを見たい。〉/人間のつくりだしたこれらの商品がこれほど多くの威厳をもちうるとは、驚くべきことである。》P23「スーク」
市場には生産するところを見られる店もある。生産する過程が売り物に近いというか、売り物が動きを含みもっていて価値を高めているものの存在って興味深い。「バッグの中身みせて」企画に通じる不思議な魅力がある。
《それは開かれた活動であり、行われていることそのものが、完成した商品のように姿を現す。じつに多くの人知れず隠されたものがある社会、家々の内部や女たちの容姿やさらに礼拝堂さえも外人に対して嫉妬ぶかく隠す社会において、生産され売られるもののこの著しい開放性は、二重に魅惑的である。》P24「スーク」
猫が出てくるとなにはともあれ嬉しくなる。
《階上に猫が一匹いる。この猫は憧れていた音なき世界の化身である。猫に感謝する。猫が生きているからである。》P43「家の静寂と屋根の空虚」
《「エーリーアス カーネーティ?」と父親は訝しげに、おぼつかなげにくり返した。(…)かれの口のなかでこの名前はより重々しく、より美しくなった。かれはその際わたしを正視することなく、この名前の方がわたしよりも現実性があるし、名前はそれを探るに値いするといいたげに、見るともなく前を見ていた。》P114「ダッハン家」
