氷うさぎ "フォーリン・アフェアーズ・リ..." 2025年8月11日

氷うさぎ
氷うさぎ
@yomiyomi
2025年8月11日
フォーリン・アフェアーズ・リポート 2025年8月号
フォーリン・アフェアーズ・リポート 2025年8月号
コリ・シェイク、モハメド・エル・エリアン、モハマド・アヤトラヒ・タバール他
米中関係、権威主義と民主主義、やはりこの辺りが主要トピックであるが、まずは環境犯罪から。 ・「木材資源と非合法マネー ―― 国際犯罪組織による森林伐採」p. 96より  違法伐採は木材の不公正な価格を形成する。その結果、公正な業者が損をする。  違法伐採の一つの大きな背景は中国による紫檀(ローズウッド)の需要だ。中国は、国内では厳しい伐採制限が課されているために輸入が盛んである。その産地では違法伐採の占める割合が大きくなっているが、北京は非合法組織とのかかわりを否定している。否定しているが、積極的な解決に乗り出さず、公正性への妨害になっている状況だ。    ・「インドの大国幻想――多極世界のポテンシャルと限界」p. 56より  インドは植民地支配の歴史から、世界が一極集中・二極集中するのを嫌う。ゆえに全方位外交を好むし、多極化世界における亀裂からの受益を狙うリアリストである。しかしこの姿勢はインドに益をもたらさないという。それは中国の勢いが圧倒的だからだ。  「中国のGDPは…15回も2桁台の成長を達成している。インドはそのようなGDP成長を記録したことはない」「中国の本当のライバルになるには、今後25年にわたって、インドが年8%で安定的に成長する一方、中国の成長率が2%にとどまる必要がある。これは現実的ではない」。  そして、今後、米中二極構造の出現が不可避であることを考えると、「中国を抑え込む、対抗バランスの形成には、インドは外国の大国と包括的に協力する必要がある。ここでの最有力候補は依然としてアメリカだろう。」  ただ、現状、トランプもモディも取引的外交を好むために価値観による結びつきが期待できなくなっている。アメリカの場合は福音派の影響が言われるが、インドの場合はヒンドゥーナショナリズムが背景となっており、友好関係の土台となり得る民主主義的理念が損なわれている状況である。もちろん「価値の共有よりも原則の共有」という考え方もある。しかし言うは易しで、例えばアメリカのイスラエル加担に誰が「原則」を見出せるだろうか。    ・「東南アジアの選択――なぜ中国に傾斜しているか」p. 72より  インドが中国と対立し、アメリカから距離を取っていることとは逆に、東南アジア諸国の姿勢は多様である。  フィリピンは中国との領海問題を抱えているがゆえにアメリカ寄りであることはわかりやすい。  反対にアメリカ忌避の例として、「インドネシアやマレーシアなど、東南アジアでもイスラム教徒が人口の大多数を占める国は、ガザ戦争をめぐってアメリカがイスラエルを支持していることに対する怒りから、アメリカから距離を置き、アメリカが唱える「ルールに基づく国際秩序」にも疑問を抱くようになった」。  中国の魅力の増大には「中国をイデオロギー的な脅威としてではなく、経済的機会をもたらしてくれる相手とみなすようになった」という事情が大きい。例としてインドネシアを挙げると、元々は反中反共意識が強く、「1960年代には中国系市民や共産主義者とみなされた人々が虐殺される事件もあった」が、「中国との合同軍事演習にも参加し、中国系市民を国内問題のスケープゴートにするやり方も回避されるようになった」。それも中国が提供する経済的機会ゆえである。  中国の魅力はもう一つあって、フン・セン率いるカンボジアのような権威主義体制にとって、「中国なら数多くの支援を得られるし、批判されることはほとんどない」。日本の「国体護持」のように、権威主義体制にとって体制保障は至高の目標であり、そして中国は権威主義体制を保障することに躊躇がなく、このことが魅力の源泉となっている。  これら様々な理由から東南アジアは全体として中国に傾斜している状況である。ただ、「「誰を信頼しているか」という問いに対して、さまざまな部門のエリートたちが第1位に選んだのは日本で、アメリカは第2位、欧州連合(EU)が3位、中国は大きく離れた4位だった」。もちろんそのことだけで中国への傾斜が解消されるわけはなく、目下の問題で言えば、トランプ関税の圧迫が東南アジアの中国傾斜を後押しする要因になっている。    ・「新しい世界の創造へ――もう過去には戻れない」p. 18より  トランプ関税を受けて「習近平は米関税策に大きなショックを受けていた東南アジア諸国を訪問し、緊密なパートナーシップを約束し、中国を国際秩序の擁護者として位置づけ」ている。  一方で米企業はサプライチェーンの脱中国化を目指してきたわけだが、そのさなかに「米政府はアジアの同盟国やパートナーにこのような関税策をとった」。「これらの同盟国が中国と似たようなレベルの関税に直面すれば、中国以外の国に米企業が製造拠点を分散させる、「チャイナ・プラス・ワン」という企業戦略は実現不可能になる」。  関税だけが問題なのではない。「AIチップの輸出規制に関するバイデン政権の政策を取り消したことで、優れた技術がライバルの手にわたりやすくなる可能性がある。さらに、トランプ政権がクリーンエネルギー技術投資に背を向けているために、中国がこの分野を支配するかもしれない。教育や基礎研究への予算削減も、アメリカの長期的な競争力を全体的に低下させるだろう」。全般にトランプによる華麗なオウンゴールという印象が拭い難い。  このようにアメリカが中国を利する一方、諸国は「(トランプが)国内における民主的規範や制度を攻撃しているだけに、ワシントンがどの国を敵対国や同盟国とみなし、なぜそう判断するか、いまや、わからなくなってきている」。結果、世界が流動化し(誰が為の流動化?)、「次期政権は、第二次世界大戦後、政策立案者たちが経験したことのない、壮大な「戦略的白紙」に近いものを受け継ぐことになる」。それはポジティブに捉えれば、「トランプ・チームがあらゆる政策の前提や慣例を取り払ったことで、次に誰が指導者になるにせよ、次期大統領は、より多くの選択肢を利用できるはずだ」ということになるが…。    ・「トランプは皇帝なのか――独裁を阻む抑制と均衡の再確立を」p. 32より  ネガティブに捉えれば、「トランプが大統領の説明責任を完全に断ち切ったために、次期大統領が法律を尊重し、憲法を順守するかは、いまやその人物の個人的な問題となっている」。そして、「大統領権限の抑制機能を議会が果たせなければ、今後も、米外交政策は新たに選出される大統領の気まぐれに全面的に左右されるだろう」。  当論考はこの状況を「数十年をかけて蓄積されてきた」帰結として描いている。  「現在の危機と最も関係が深いのは2001年の米同時多発テロ後における大統領権限の拡大、そして、イラク戦争と2008年金融危機という二つの失敗について指導者が説明責任を果たさなかったことだ」。これは議会が役目を果たさなかったことから来ており、その理由には「「テロとの戦い」の邪魔をしているとみなされることを恐れた」こと、「グローバル金融危機が、テロとの戦いの結果を検証する政治的エネルギーを奪い取っ」たことが挙げられている。  近年では、米議会は「連邦議事堂襲撃事件を扇動したことについてのトランプの弾劾裁判で、上院はトランプに対する弾劾で無罪判決を示した」。これは、共和党から造反者が出ず、「議会共和党はトランプを抑制する役割を事実上放棄した」ためだ。さらには最高裁も「「大統領在任中の公務に関する免責特権を認める」という判断を下し、実質的免罪符をトランプに与えてしまった」。「この判決によって、2020年大統領選の結果を無効化しようとした「ストップ・ザ・スティール」運動、連邦議事堂襲撃事件で果たした彼の役割も訴追対象とはされなくなった。それだけではない。トランプがアメリカの法律や憲法に違反しても、責任を問われる可能性はほとんどなくなっている」。  この状況を是正するためには、「違法で非倫理的で違憲的な行為に関与した者」を裁判所や公聴会の場に立たせる必要があるとのこと。また、「説明責任を問う制度とメカニズムを復活させ、補強しなければなら」ず、「議会は、自動的に発動される監視と説明責任の制度を構築して自律化することで、「大統領を抑制すべきかどうかという政治的選択」をする状況をなくさなければならない」。具体的には、議会への報告義務の拡大、高官級公聴会の制度化、また、「「議会が政策について質問をし、大統領がそれに答えなければ政治的代償を払わされる」という政治的な流れを復活させなければならない」。    今月号を読んで考えさせられたのはやはり民主主義ということである。  権威主義体制は、声を封じることに腐心する。逆に考えれば、民主主義とは声が開放されていることであり、他の声を受けてそれを封じたり無視することではなく、納得させようとする営みであると思う。そして、このような営みを取り入れることのメリットは、納得を求めて練り上げられた言説には力強さが宿るであろうということだ。「説明は遠慮いたします」を許していては、貧弱な言説が社会を変えてしまうことになりかねない。  ここで思い出したのは『世界』2025年6月号、「学術会議解体法案は、日本の科学の死だ」(山極壽一)である。  「(菅政権、)岸田政権、石破政権でも任命拒否の理由は説明されず、「終わったこと」の一言で片づけています。この件を不問に付したまま、日本学術会議の現在の体制あるいは会員の推薦というプロセスが間違いで、それを変えなければいけないと論点をすり替え、任命拒否の事態を覆い隠そうとしている」。こういうのを逆ギレというのであろう。これに対しては先の論考の「説明責任を問う制度とメカニズムを復活させ、補強しなければならない」という言葉が当てはまろう。  会員外の、選定助言委員会、候補者選考委員会、運営助言委員会、財務監査だけでなく業務監査も行う監事が学術会議に送り込まれ、現在の会員、連携会員、幹事会を解体し、自律性を奪う。そうすると、自律的であることからくる他国からの信用が失墜する。どうも政府効率化省が米政府を弱体化させたとか、軍の政治化による弱体化とかいったことが想起される。強硬性は強者の風格なのかもしれないが、それが堂々たるオウンゴールだったとしたら目も当てられない。  そのような失敗を避けるためにも、他者の声に真摯に取り組み、言説を強化していくこと、つまりは民主主義の実践とそのメリットの享受が求められるだろうと思う。
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