
在野社の浅野
@zaiyasha
2025年8月16日

完全版 放課後ぺ製本日記
田村ひ子
最近の読書
@ COUNTER BOOKS
先月(2025年7月)出店した「クラフトプレスSTAND」で購入。
作者の田村さんのとなりのブースだったのです。
この本の特徴としてまず挙げられるのは、やはり造本である。さすがに印刷会社にお勤めのひとのつくる本である。
表紙は工場で残った紙を使用していて、一冊一冊、違った表情を持つ。
サムネイルでは真赤な書影が使われているが、私の持っているものは茶色の格子柄だ。
使っている紙によっては、すでに生産中止になっているものもあるとか。
作者は「放課後ぺ製本倶楽部」と称して、終業後の時間を使い、紙や印刷・製本についてあれこれ思索をめぐらす「ひとり遊び」に興じていたとのこと。
ではその「ぺ製本」とはなにかと言えば……「手」製本というほど洗練されていない「下手」な製本。そのあたまの「へ」を取ってさらに「ぺ」と半濁音にした……という。
独創的だ……。
がぜんページをめくる期待が高まる。
内容について触れると、とある年の冬から春に至るまでを記録した日記エッセイの形式を取る。
『日記を再開するぞ。するぞ』と切り出し決意を固めた作者は、松本の厳しい冬と多くの逡巡を越え、大阪で暮らした10年間のことを綴った『からい川をこえる』という本を春に完成させる。
本をつくるということには、ある種の思い切りが必要だ。
お金もかかるし、仕事の合間をぬって手も動かさなければならない。そしてつくった後のこと……保管スペースや配布方法も懸案となる。
我々は日々、もやもやとした思いを抱えている。かたちのないものだから、それを明確に見つけることはできない。
ただ、単体ではうすぼんやりとしていたものが、記録して時系列をたどっていくにつれ、はっきりと見える瞬間がある。いつか「本をつくる」という体験に向き合う、作者のこころのゆれうごきが浮き彫りになる
そのように『からい川をこえる』のメイキング的な役割も本書は担っているが、単純に作者のユニークな視点をおもしろがるだけでこの本の価値は発揮される。日付に添えられたサブタイトルがいい。
以下はほとんど余談になるが、「クラフトプレスSTAND」で弊社のブースはどうにも閑古鳥が鳴いていたため、多くの時間、となりのブースの田村さんに話し相手になってもらっていた(「ぺ製本」の由来も、そのときに教えてもらった)。
「ぺ製本」という造語を生み出すだけあって、ご本人もなかなか個性的だった。話は尽きることがなかった。本を売りにきたはずが、気づけば延々と油を売ってしまっていた。
出版社を立ち上げるずっと前、まだ小説を書いて身を立てたいと思っていたとき、作品の外からくるもので内容を補完するのは邪道だと思っていた。
アフタートークなどに頼らず、あくまで作品に描くもので勝負しなければならないという強迫観念のようなものがあった。
しかし実際には、外側の補完があることで作品本体もいっそう豊かなものになる。
本だけでも十分に楽しめるが、ひととなりを知ったうえで文章を読むと二倍おいしい。
これが「クラフトプレス」の魅力と言えよう。
【リスト趣旨】
書店様へのごあいさつ回りやイベントで本を買う機会が増えました。そのなかで気になる一冊を不定期(月1回を目標)で発信していきます。
<Reads/note同時配信>