
comi_inu
@pandarabun
2025年3月7日

献灯使
多和田葉子
かつて読んだ
子供たちは未発達のまま生まれ、ちゃんと立って歩くことも難しい。対する老人たちは100歳を過ぎても老いることなく死ねない身体を授かっている、そんなディストピア世界を穏やかな語り口で描いた作品だ。
断片的な語りから、どうやら日本に大災害があったこと、日本は鎖国状態にあること、国家としてほとんどまともに機能していないらしいことなどが伺える。
そんな状況での、老人 義郎とその曾孫の無名の生活が中心に綴られる。
無名の未熟で不明瞭な身体について義郎が「まだ到着していない時代の美しさ」と表すのがすきだ。無名を愛し、どこもかしこも真新しく美しいと思っていることが伝わる。そして食事シーンの一節、
「無名、待っていろ。お前が自分の歯では切り刻めない食物繊維のジャングルを、曾おじいちゃんが代わりに切り刻んで命への道をひらいてやるから。俺は無名の歯だ。無名、太陽をどんどん体内に取り入れろ」
ここで胸がツンと痛む。
自分たちより先に命が尽きるだろう孫の世話をすることの悔しさや、やるせなさ、献身を感じる。義郎がいくら頑張っても無名にとってこの世界は鋭く堅く険しすぎることは変わらないのが苦しい。
無名もまた自分の無力さを理解しており、着替えに失敗しては「ぼくはダメ男だなあ」と自嘲することもある。彼は賢くてやさしくて、光を受けると透けてしまうような柔らかな子ども、新しい時代の生物なのだ。
無名の選択を正しく理解できたか自信がない。わたしたち旧世代を残し、無名たち、新しい時代の生物はここではないどこかへ行ってしまったことだけはわかる。
老いを知らないバカバカしい国を去り、旅立ったことは無名たちにとって幸福な選択だと信じたい。
多和田葉子は崩壊ギリギリのラインを狙った言葉遊びをするように思う。バカバカしい国のバカバカしい政治や、無名たちがまとう輪郭のあいまいな質感を捉えるにはその表現しかないなと思わせるから凄い。