まいける "螢川・泥の河" 2025年9月27日

螢川・泥の河
「あーよかった!」という読後感を残して忘れてしまう小説があるが、この『泥の河』と『螢川』は情景が深く沈み忘れられない小説。 『泥の河』は昭和三十年の大阪。馬車引きは子どもの頃、目にしていた。乾いた馬糞を遊び道具にする逞しい子どもがいた。でも、水上生活者は想像するしかない。天神祭りの出来事、そして哀しい別れ。その情景は少年時代の不安や哀しみと共鳴する。 『螢川』の舞台は富山。思春期の少年の心は想像に難くない。でも、四人が金縛りにあうほどの螢川の情景は、はるかに想像を超えていた。華麗なおとぎ絵ではない。 「寂寞と舞う微生物の屍のように、はかりしれない沈黙と死臭を孕んで光の澱と化し、天空へ天空へと光彩をぼかしながら冷たい火の粉状となって舞い上がっていた。」 螢の乱舞の形容を読み、『錦繍』の。「生きていることと死んでいることとは、もしかしたら同じことなのかもしれません」という言葉か重なった。この小説にも川の煌めきが、一筋の「錦繍」に見えたという表現が出てきた。 情景描写の美しさ、思春期の男女の心理描写の細やかさに唸った小説だった。
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