
柿内正午
@kakisiesta
2025年11月19日
黒人理性批判
アシル・ムベンベ,
宇野邦一
読んでる
“先に述べたように、この誤った知(引用者註:西洋による一方的なアフリカ表象)は、何よりもまず無理解であり、虚構なのだ。しかし、このように作り話をするのは、他者を排除し、自分自身のうちに都合よく閉じこもるためである。作り話は、いわば極度の軽蔑を、より巧妙に覆い隠すためにすぎず、この〈他者〉がわれわれの「友人」であることを願う要求と軽蔑は常に対になっている。この「友愛」が現実であろうと想像であろうと、相互的であろうとなかろうと。人種の暴力のこのフランス版は常に一つの顔に合図を送っているが、その顔はかろうじて見つめられたかと思うと、すぐに不可視にされなければならないのだ。常に肝要なことは一つの声を呼び出すことであるが、それはかろうじて聞かれたかと思うと妨害され、沈黙に還元され、単数一人称で自己表現することは阻止される。(…)” p.112-113







