

柿内正午
@kakisiesta
楽しい読み書き
- 2025年7月12日社交する人間山崎正和読んでる"(…)経済の目的が富の増大であるとか、科学の目的が真理の追究であるといったかたちで、政治の目的をひと言で表すことは不可能である。政治が人間集団の秩序をつくるアルスであるのは確かだろうが、その秩序の観念はあまりにも多義的だからである。現に政治の理想はさまざまに語られてきたが、それぞれの歴史的条件を勘定に入れればすべては相対的でしかなかった。結局、政治は人間がただ集まって暮らすための知恵だというほかはないが、これはなんとジンメルのあの「純粋な社会化作用」、いいかえれば社交の原理そのものに似ていることだろう。いうまでもなく完全に没理想の政治はありえないが、過度に理想主義的な政治がつねに失敗するのは、たぶん政治が一面で社交だという真実を忘れたことの報いなのである。" p.220
- 2025年7月11日
- 2025年7月8日
- 2025年7月8日
- 2025年7月7日
- 2025年7月7日社交する人間山崎正和読んでる山崎は経済には二種類あり、政治もまたそれらに対応するように二種類あるのだという。 一方に生産と分配の経済がある。これには、安定した生産のために同質性が求められ、共通の目的と帰属意識を強めるような静的で組織的な統治が対応する。このような固定的で階層的な秩序原理は、分配の範囲を明確に定めるような排他性を帯びる。 もう一方に贈与と交換の経済があり、こちらは異質なものたちの対立を内包している。調停不可能なばらばらの他者同士が、それでも共存してやっていくための儀礼的作法の洗練に基づいて、絶えず信用と権威の所在が移ろうような商業と社交が繰り返される。こちらは動的で非組織的な統治が対応している。 政治的な場において、前者がナショナリズム、後者がグローバリズムとして提示されるものと相似的である。だいたいの対立は、政治観、経済観の対立というよりも、むしろ二種類のそれらを混同して語ることによって泥沼化しがちだという感覚がある。お互いに政治や経済の定義を争っているつもりでいながら、実は別種のそれらがすれ違い続けているのだ。
- 2025年7月7日おかえり水平線 1渡部大羊いいよね快適なエゴサのために、別の「柿内」の話をしている人のことはどんどんブロックしてきたのだけれど、この柿内くんの話をしている人のことはにこにこ読んで、いいよね、と頷いている。
- 2025年7月4日
- 2025年7月2日
- 2025年7月1日
- 2025年6月27日社交する人間山崎正和触発された社交場を作ろうと思います。「心の砂地#」というかっこいいポッドキャストを作っているシャーク鮫さんと一緒に。 かつてインターネットに感じた面白さって、受信者と発信者の垣根が容易に撹乱されるところにあったように思うのだけれど、いつしかフォロワー数なり、稼ぎなり、なにかしらの数値を元手にアテンションを稼ぐみたいな、そのへんにある「現実」の延長としてばかり目立ってる。 小さく、でも誠実に、なにかを作ったり考えたりしている人の居場所はどこに? ひとりでいると、何か作るのがただ楽しい、という気分を、スケールすることを気にせず保つのが難しい。でもべつに、熱々の仲間意識で群れたいわけでもない。ほどよく他人と雑談して、帰って一人で制作を再開する。そのくらいの塩梅の場所。 ざっくばらんに交流できて、新しい制作のきっかけになる。そんな場所が欲しいのでやってみる。 ここに行けば面白いことやっている人や面白いことを知っている人たちがいて、ジャンルレスにいい感じの触発がある、みたいな場所になっていくことを目指します。 まあ、ただ酒飲んでるだけなので、気軽にふらっと来てみてね。
- 2025年6月27日人文学のための計量分析入門クレール・ザルク,クレール・ルメルシエ,長野壮一気になる「なぜ解釈するのではなく数えるのか」 昨今評判を聞いて手に取る人文書は、数えてばかりいないで解釈しようよ、と誘うものばかりだったから、これは読みたくなる誘い文句だ。
- 2025年6月25日文明化の過程・上 〈改装版〉ノルベルト・エリアス,中村元保,吉田正勝,赤井慧爾気になる
- 2025年6月25日社交する人間山崎正和読んでる“まずダ・リヴァやタンホイザーの礼法書の眼目に注意すれば気づくことだが、それは要するに食物をあわてて貪るなという戒めであり、いいかえれば食欲の満足を急ぐなという教訓であった。これは欲望の本質から見て消費者にとって的確な忠告であって、当時の享楽的な上層階級にも著者の意図した以上の納得を与えたものと想像できる。なぜなら別の機会に繰り返し書いたことだが、食欲に代表される人間の欲望には宿命的な限界があって、それを急いで満足させれば快楽は逓減し、やがて苦痛に変わるという逆説があるからである。消費の快楽は消費を続ける過程にしかなく、したがって満足を遅らせ過程をひき延ばすのが快楽を増す唯一の道だということは、誰の目にも明白だろう。一見、面倒な礼儀作法がじつは飽食の限界を先送りし、結果として歓楽を増大させることは、粗野な中世騎士たちにも容易にわかったにちがいない。ここでは彼らの生理的な欲望そのものが、より高次の欲望である虚栄心や名誉欲、他人の称賛にたいする欲求を下支えしていたはずなのである。” p.143
- 2025年6月24日トークの教室藤井青銅読み終わった・笑いもオチもなくていい ・話し手の実感や「らしさ」を届ける ・前提を共有していない人への説明の足し引き ・文章にしない ・反面教師 ①長い②散漫③一方的④ギャグ多発⑤小難しい語彙⑥小声⑦受け売り⑧身内話⑨自慢⑩昔話⑪ネタバレ前置き⑫先に要約 ・既知を未知の人に話す ・実演パートの構成は山本ぽてとさん。流石の仕事。
- 2025年6月24日トークの教室藤井青銅読み始めたすでに五年くらいやってるポッドキャスト、ここにきてもっと楽しくやりたい気分が盛り上がっており、おすすめしてもらったこちらをさっそく読む。トーク! 社交! なんだこの外交モードは!
- 2025年6月24日
- 2025年6月19日
- 2025年6月13日ダロウェイ夫人ヴァージニア・ウルフ読んでる好き土屋訳で再読しようとして、こんなに面白くなかったっけ?と戸惑っていたのだけれど、こちらで読むと嬉しくなるほどいちいち面白い。いい天気の日に歩いていると、わけもなくごきげんになってくる。そのような多幸感。陳列された商品を眺めたり、音楽を聴いているとき、ふと嫌いな人のことを思い出して気持ちがささくれ立つ。夜風に吹かれながら、孤独だと思う。往来の中でいきなり、ここにいる誰よりも不幸だと思い詰める。そのような、あまりにありふれた気分の移ろいが、そのままぎゅぎゅっとここにはある。こちらの翻訳は、乱暴に扱うとすぐ壊れてしまいそうな脆く未然の情感を、そおっとそおっと日本語に移し替える手つきが見える。他の翻訳は手に入れづらいが、あれこれ読み較べてみたい。
- 2025年6月13日ダロウェイ夫人ヴァージニア・ウルフ,土屋政雄じゅうぶん読んだ嫌い必要があって『ダロウェイ夫人』を何度も読み返しているのだけれど、集英社の丹治愛訳と原文とを読み較べ、この光文社文庫版の翻訳ははっきりと大嫌いだと確信が深まる。均衡を信奉し、人々を抑圧するサー・ウィリアム・ブラドショーのような訳業だと思う。
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