花木コヘレト "イエス伝" 2025年11月20日

イエス伝
イエス伝
若松英輔
若松さんしか書けないイエス伝だろうな、というのが、読後の正直な感想です。著者の多岐にわたる芸術の知識だけでなく、その勇気においてもそうだと思います。 本書は確かに、四福音書に基づいて記述が進行しています。ですから、本書を読めば、おおまかなイエスの生涯はつかめます。けれど、本書を通して読者が一つのイエス像に辿り着くかというと、私はそうは思いません。むしろ、イエスの多面体に読者は驚かされるのではないかと思います。 筆者が繰り返し主張するのは、イエスの高い霊性です。クリスチャンではない私が霊性を論じることは困難ですが、筆者はイエスが神の国を意識する、その意識の高さに繰り返し注意を向けます。イエスに言及する知識人の多くが、イエスが積極的に低い立場へ向かおうとする態度に注意を向けることとは真逆です。その代わりに、私たちと同じ低い立場として描かれるのが、ペテロをはじめとする弟子たちであり、また罪人たちです。特に、ユダに対する筆者の眼差しはとても温かく、私たちの中に生きるユダ的な要素を慈しむかのように、ユダ本人を慈しんでいます。ユダに石打つ者は姦淫の女に石打つ者と同じだとする、筆者の指摘はとても鋭く、私たち凡夫を誰をも捌くことのない地平に連れていくかのようでした。 現代のキリスト教は霊について語ることが少なくなっている、と不満を表明する筆者は、イエスが常に霊のレベルで世界を見ていたことを論じています。本書は稀に見る、イエスの「高さ」を言明する書籍だと思います。
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