やえしたみえ "キリストの誕生" 2025年11月20日

キリストの誕生
『イエスの生涯』の続編。まとめて読めばよかったなと思いつつ読了。 イエスの死後、「人間のしてのイエス」と触れ合い愛していたもの、「キリスト」しか知らないもの、様々な者がイエス・キリストについて考えた。犬のように惨めに死んでいった男と、それを裏切り逃げ隠れることしかできなかった弱い弟子たちが、どのようにして世界宗教となったのか……イエスはなぜ「キリストと呼ばれるイエス」になれたのか。非キリスト者でも楽しめるはずと思うが、私はキリスト者、遠藤と同じくカトリックなので、その目線で感想を述べる。 遠藤は私たちに一歩踏み込んだ聖書解釈のあり方を教えてくれる。それは想像の翼。『イエスの生涯』にも言えるが、これらは史的イエスや弟子たちを追い求める書籍ではない。彼らの霊に起こった真実を追い求める書籍である。 遠藤周作は徹底して弟子たちを私たちと同じような普通の人間として解釈している。普通の弱い人間の内に信仰が燃え上がる。そこには薪をくべ続ける人がいるはずだ……それこそイエスである。そして後のポーロ、ペトロ、ヤコブの殉教もまた、新たな薪となる。 日本においても、250年に渡り潜伏し、信仰を守ってきた隠れ切支丹たちがいた。イエス・キリストには、それほどのことを可能にする何かがあるのだ。私たちキリスト者は、その"何か"に思いを成さずにいられない。私たちのうちに燃え上がる信仰の炎がなぜ発生するのか、それはどこからきているのか、この世には苦しみと悲しみがあるのに、この国には無神論や一神教差別が蔓延っているのに、戦争があらゆる地で起きているのに、その中でも私たちは虚無主義に負けず信仰を保つのか、何によって保たされているのか。それは単に世界宗教であるからではないはずだ。イエスは死後10年も経たないうちに神格化されていったと本書は指摘する。他のあらゆるラビとは異なって。現在を生きる我々の信仰もそこから連なる流れの中にある。 神はおられるし、イエスは誠に私たちの主、キリストである。あえて言葉にするならこれは「神秘」である。私が今まさに神様を信じている奇跡。この神秘の土台を築いてきた聖人たちへの敬意。そういったもので胸がいっぱいになる。良い本。
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