あんどん書房 "野中モモの「ZINE」 小さ..." 2025年11月28日

あんどん書房
あんどん書房
@andn
2025年11月28日
野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る (シリーズ日常術)
まず最初の方でZINEの作り手のことを「zinester(ジンスタ)」と呼ぶ話が出てくる。これは前に読んだ『日本のZINEについて知っていることすべて』でも出てきたが、日本ではまったく浸透していないよな。まあそれはさておき、この「ster」は「ギャングスタ」と同じ接尾語で、蔑称的なニュアンスのつく「〜する人」という意味らしい。zineカルチャーではそのニュアンスを逆手にとって自ら名乗っているということだ。「クィア」などと同じカウンターカルチャー。 これが日本で普及しないのはやっぱりそのカウンター精神が抜け落ちちゃってるんかなとも思う。というか普通にギャングスタもお星さま(スターダム)のほうで思ってる人が絶対に多い。自分もここを読んで「あ、そっか…」となったし。 “ジンを作る人たちに「自分のことを伝えるなんて恥ずかしい」だとか「自己満足」だとか「ガス抜きにすぎない」だとかの意地悪を言う人たちもいる。だけど私は「伝えてみないと何もはじまらないのでは?」と思う。ジン活動は自分の人生を主体的に生きるための練習であり、同時にかけがえのない本番。” (P15) 第一章のはじめに書かれているこの文章がとても良い。もしかしたら本書が一番伝えたいのはここなのかもしれない。 自分自身、紙ものを作り始めた頃は鬱深く、誰かと繋がりたいけれどコミュニケーションがしんどい……というような時期だった。余計なこと(クオリティ、反応の過多や批判など)を考えずに、ただ作ってみる。ZINEづくりにはセルフケアとしての面もあるんだなと思った。 そして、メディアを作ることも一つのコミュニケーションである。時間はかかるかもしれないが、誰かに届くという可能性もある。それは直接的なコミュニケーションが困難な状態でも何らかの希望になり得るかもしれない。 “自分のことで頭がいっぱいで他人に興味を持てない人、すなわちあまりにも読者を意識できない人、恨みや憎しみや悲しみを伝えたいのにうまく表現できない人……ジンってそう言う不器用な人たちのためのメディアでもあるのに、自分にはそれを受け止めきれる度量がない。” (P61) オンラインショップもされていて、作るだけじゃなく他人の作品を扱う立場でもあった野中さんの、正直な胸中が語られている箇所である。 まず前半の部分が刺さった。ZINEづくりにはセルフケアの効果があり、「自分のことで頭がいっぱい」な人(私である)にもZINEの世界は開かれている。自分語りしかできなくても、センスなくても、ZINEを作ってもいいんだ。そのことがまず、救いになる。 一方の後半部分は、こう繋がっていく。 “ジンのいいところは誰でも作りたかったら簡単に作れるところ。作者がいまこの時点でどれだけ評価されているかは関係ない。でも、だからこそごまかしが効かないし、技能やセンスが問われてしまって残酷な面もあると思います。” (同前) これはたぶん、ZINEを取り扱う方は誰しも感じる葛藤じゃなかろうか。個人的には好き、でも大衆ウケはしないので商売としては取り扱えない……というような。 あるいは、イベントでZINEを販売したけれど全く売れなかったという経験がある方には、痛いほど分かるかもしれない。圧倒的なセンスの差。 でも正直、制作者側がそこまで気に病むことではないような気がしてきた。だってしょうがないんだもん。(野中さんも「タイミングと相性」と書かれている) もちろんその挫折をバネにデザインやセンスを磨いていける人はそれでいいと思う。そのままビッグになってくれ。 でも売れないで病んじゃってZINEから離れてしまうのは、やっぱりなんか違うと思う。「惨敗でした」とか投稿見ると、悲しくなる。それは完全に場の空気に飲まれてしまっているのではないか。売れることが良いことだ、という。 ZINEブームの功罪なのかもしれない。市場が大きくなるにつれて、こういうのがZINEだというようなイメージが形成されつつある。多くの独立系書店で取り扱われ、SNSでたびたび目にする作品。デザインが良く、内容が充実していて、のちに書き手が商業デビュー……というようなもの。それはもう「軽出版」という表現が合っているのではないかと個人的には思う。 で、そこと同じ土俵で勝負…いや戦ってるわけじゃないんだけど、同列にあることに違和感を感じたり、疲れたりしてしまう時はどうすれば良いのか。 もうちょっと小規模なイベントや場所に出してみる、という手があると思う。3000ブースの文フリでは誰の目にも止まらずとも、2〜30ブース規模のイベントならば、もしかしたら誰かが立ち止まってくれるかもしれない。正直これはめちゃくちゃ心が回復する。 そしてもう一つは、あえてフリペでやってみる……というのはどうだろう? 本書で紹介されている手作り感のあるペラもの、文フリなどで売られていることは少ないが、配られているフリペには割と近しいものがあったりする。販促ツールとして商品紹介や試し読みだけのフリペも多いのだが、中には案外パーソナルなことが書かれていたりするものも、あるにはある。クオリティを突き詰めて商品を作ったけれど、ちょっと息抜き的なものも作りたい。気軽なコミュニケーションも行いたい。そういう思いで作られている方もいるのかもしれない。これはまさに「贈与文化としてのZINE」と言えるのではないだろうか。 本文書体:筑紫明朝、筑紫オールドゴシック ブックデザイン:大原大次郎/宮添浩司 カバー・本文イラスト:おおきなお
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