
木村久佳
@kuCCakimura
2025年11月29日
読み終わった
結構な覚悟を持って「自分は結婚に対して病的に臆病なんです」と告白すると、たまに「自分もですw」くらいのテンションで返してくれる人がいるんですが、それはありがたいとも思いつつ、この人とは多分感覚が違うんだろうなぁという気持ちにもなります。
自分は許すことができない性質で、反対に、自分は許されることがないとも思っています。
例えばですが、人間は老いる動物なので、だんだんと若々しさはなくなっていき、体のフォルムは崩れ、肌はたるみシワが増え、白髪になったり髪がなくなったりするものです。
それは完全に理解しつつも、では、仮に自分に夫と呼べる人間ができたとして、その夫が人間として年老いていく姿を間近に見続け、それでも死が分つまでその人のことを愛するかと言われると、全くその自信がありません。
他方で私も人間なので、激太りしたり、激やせしたりして体のフォルムは見事なまでに崩れ、腰や背中が折れ、足が痛くなり、肌は若い時と比べて見る影もなくなる日がくることもわかっています。そんな自分に愛される価値はないと思っています。
結婚や老いることを例に挙げましたが、こういったことが他にもたくさんあって、そんな自分が誰かと一緒に過ごしている姿がまるで想像できません。
結婚している友人や知人を見ていると、どこで人を許せるようになったのか、その人生の分岐点を知りたいと強く思いますが、それを意識的に理解した人がいるのかもわかりません。
「まるごと認めるということは、断念すること」と本書は語っていました。私がいつか許せないと思っていることを認める日がやってくれば、それはきっと人が老いることだったりとか、いろんなことを断念できた日なんだと思います。
そういう日が早くやってくるといいなと思っています。

