
ばるーん
@ballo____on
2025年11月30日

朝顔の日
高橋弘希
読み終わった
前作『指の骨』と時系列的にも療養空間という意味で地続きの世界でいて真逆のサナトリウム。静謐。作中でも「小春日和が終わる」って言っているし、そういう時代。
赤い風車と青空→コップの朝顔は文章もあいまってとってもよかったし、とりわけ、凛太という人物の感情をことさら丁寧書いていくのではなく、周囲の人間との交流(とその死)に重きも置いているのが気になった。
作中妻は声が出せなくなって筆談でのコミュニケーションに移行する。そんな妻を義兄が見舞いに来た時に、気まずくなって、急に一人で、自分は水泳選手に向いているらしいですよ、肺が滅法丈夫らしいですよ、とか(肺を悪くしている妻の手前で)言い出す。
これは単なるディスコミュニケーションじゃなくて、普段はしない迂闊な発言をしてしまった凛太の書かれない内面の表出というか、逆に(日頃の)感情の抑制を読んだ。
胸に棲んでいる糸屑も、妻の視界のそれと共有していると読んだし、戦地の五味と内地の自分の構図が自分と妻に交換されたのか、(一個人の)遠くの死⇄近くの死を『指の骨』との流れで読めるだろうと思った。終盤には糸屑を許せてしまえそうだと、内面は確かに移ろっている。
前作同様に先行作品が偉大すぎるから、今これを書く意味(という問いに意味があるかはさておき)が問われやすい題材に挑戦している。書く意味というより、読む側の意味の方(どう読むか)が問われるべきだと思うけど。

