
内田紗世
@uchidasayo
2025年12月1日

よそ見とその反対
飯村大樹
読み終わった
とても良かった。自分にとって最も身近な「他者」である家族を、ここまで冷静に見つめられるのは、飯村さんが何度も何度も考え続けてきたからなのだろう。冒頭の「帳をあけたらまた帳」という言葉のとおり、この作品に明確な答えはない。だが、彼が父親と明確に異なる点は、その帳をあけたということだ。あけずにやり過ごすことだってできたはずなのに、あけた。そしてその先にあった帳もまた、あけようとしている。
おそらく、仮にご両親がこのZINEを読んだとしても、内容を理解するのは難しいだろう。帳をあけた側と、そうでない側では、見えるものが違いすぎる。
飯村さんとは数度ご挨拶を交わしたことがあるが、穏やかな印象の方だ。前作を読んだときは、その穏やかな優しさにご両親が寄りかかりすぎているように思え、他人事ながらイライラした。しかし今作の読後感は静かで、5月の新緑のようにさらさらと爽やかだった。ToDoリストの件は納得したし、私自身もそうだったのかもしれないと思い当たる。また読んでいて初めて知ったが、飯村さんの父親と私の父親は同じ資格を持っているという共通点があった。個人的には『カッパのいる街』が特に好き。
もし私がこの家に生まれ育っていたら、もっと「子供である権利」に甘え、親に対して攻撃的になっていたかもしれない。お墓の話など、正直まったく意味が分からない。私なら「意味わからないことを言うのはやめて!」とぶつけてしまうだろう。それは多分甘えで。だが飯村さんは一定の距離を保ち、「この人はこういう人なのだ」と受け止めている。子供であるにも関わらず、親と対等な立場で向き合っているように見えた。血縁があっても、こんなにも理解し合えないものなのだ。
赤の他人なら何も思わない。家族だから、分かりたい。たとえ「理解し合えない」という事実そのものだけでも充分で、分かりたい。そうしないと、自分が別の道へ進めない気がするのだ。



