
ばるーん
@ballo____on
2025年12月2日

スイミングスクール
高橋弘希
読み終わった
表題は傑作だった。こっちが芥川賞の候補に入ってないのはどういうことなんやろう。デビュー作といい、何をどう書くか問題にひとつ明快な解答(それも作中に?なんらかの形で?)を提示しないとむずかしいテーマ(母-娘)じゃない…?
そんなこと置いといて傑作だった。前読んだ『くるまの娘』みたいなある種の熱量で押す作品ではなくて、めちゃくちゃ構築的で小出しの情報が3代の母-娘、スイミングスクールの先生と夫、伯父、(離婚後、養育費をもらい続ける父)等、いろんな層で対比できる。でも明確じゃなくてあくまで暗示的。
以下メモ程度に…
要素としては、
・胡桃の骨の感触とひなたの乳歯
・コガネムシの背中の七色と虹
・私と娘のスイミングスクール体験
・バタフライなんて覚えても意味ない(ひなたはバタフライが泳ぎたくて始める)
・父親ほどの年齢の離れた先生の返答→そりゃ役に立たないけどさぁ、(略)子供の頃に、一つの事柄を最後までやり通したという経験は、生きていく上で自信に繋がるものだと先生は思う。
・先生を前にして、途端に、胸が疼くような、頭が火照るような感覚
・突然辞めさせられて塾へ(最後までやり通したという経験がないような語りかた)
父の少ない情報
・トランペットが上手だった
・車は中古のスカイラインだった
・ハイライトを吸っていた
・母は父のことを悪く言わない(スイミングの先生と重なる)
・父に復讐してやりたい(子供の悪戯めいたもの)
・月の養育費3万円が振り込まれていた。短大時そのお金で真っ赤な下着を買う(母からの脱出?)
・カセットデッキ(父へのボイスメッセージビデオ?)
・二階の四畳半の和室(もぬけのから)
・ひたすら絵を描いていた(コンクールで佳作をもらった向日葵)
自らの身体に不妊の疑いがある時期(妻が衰弱しているとき)に、結婚したら犬を飼うことが夢だったと言って飼うことにし、犬の胡桃を通して日常の私を取り戻し、結果胎内に生命を宿すことができた「私」。
物語は胡桃の骨を火葬場で焼いて帰るところから始まる。
生き物を飼うのだから、よく考えてからのほうがいいんじゃない?
とかのセリフに顕著な、「私」から「胡桃」や「ひなた」への認識が反転している感を受けた。
私→母
昨年にも頭を縫う怪我
集中治療室
警察に母が認知症か尋ねられる
保険金が振り込まれる
子どもの頃に感じていた家の幽霊を母を一人にして押し付けたのかとも読める。
両親が二人とも怒っていたら、ひなたちゃんに逃げ場がなくなっちゃうから、いつか夫は言いました。それを聞いて、この人は愛されて育ったのだと思いました。父親と母親から、正当な愛情を受けて育ったのだと。
あと気になったのは、母よりも伯父のほうに早く赤子を見せていることが書かれたり、その母とひなたの対面で
赤子に怯える大人などいないので、陽光の加減で、瞳に、陰が落ちて見えただけだと思います。
と敢えて言ったり。
昔から、母は嘘が上手な人でした。
とか母への言及が私にも反射してるように思えるし、その後の母のセリフ
だって本当は、あんたのこと堕ろすつもりだったのよ。
ひなたの夜驚症により消耗している私が溢した
ざまぁみろーー
もうすべてを土に還しても、誰も私を咎めない気がしてーー。
死んでしまったら、ずっと覚えていてあげることが、何よりの供養になると思うわ。
このあたり全部が文体もあって、「私」の半生の供述にも思える。
畑の一角が向日葵になってて、「そこも耕して畑にすることができたのに」と語るとこも(母による干渉?で咲かなかった?)向日葵と夾竹桃(毒性?下着と同じ赤?)が対比されてたり。
願い事を私がひなたにきいた序盤から、物語終盤で誕生日ケーキのロウソクを消す時に、夫が願いは言うと叶わないと言うとか、なんかずっと不穏。
「夫との出会い」(愛が一切描かれない)もなんか変やし、「(夫の)横顔を延々と見る」「爆食」「銭湯」など、まだまだ読みどころあると思った。
『短冊流し』の流れで行くと、なんども「ママさんコース」に勧誘してくる内山さんがひなたちゃんを(一応)助ける形で、マイナスの印象が逆転(とは言えないけど)するのは『短冊流し』の用務員への認識の移り変わりと一緒かも。
