
ジクロロ
@jirowcrew
2025年12月8日
〈ほんもの〉という倫理
チャールズ・テイラー,
田中智彦
ちょっと開いた
「自己を超えたところから発せられる要求に耳を塞ぐならば、ものごとが重要性をもつための条件を隠蔽することになり、陳腐化を招くのは必定です。ひとびとがこうした状況で道徳的理想を追求する場合、そのように自己へと引きこもることは、自分で自分を愚かな状態に陥れるようなものです。
……
人間同士のニーズでもシティズンシップの義務でもいい、神のお召しでもいいしここに挙げた以外の何かでもいい、とにかくそうしたものが決定的な重要性をもつ世界に生きるとき、そしてそのときにだけ、わたしは自分のアイデンティティを、それも陳腐ではないアイデンティティを、自分の力で定義することができるのです。」
p.73
何でもいい、とにかく「外部(他者)」に自身を写す鏡を求めること。
鏡がなければ、自分の思いのままに自己像を描ける。たとえそれが実存とは大いにズレていたとしても、確かめる術もなく。「自分の思いのままに」こそが偽りの自由なのであり、「陳腐」そのものであることにも気付かぬままに。
鏡に映る自身の像を見る、その行為こそがアイデンティティである、と著者は言いたいのではないか。
ないよりもあるほうがましなもの、それは他者。
あるよりもないほうがましなもの、それは自己。
なければならないもの、鏡とまなざしと人間性。