やえしたみえ "名前で呼ばれたこともなかった..." 2025年12月12日

名前で呼ばれたこともなかったから
タイトルに惹かれ購入、泣きそうになった。私もボタンをひとつ掛け違えていたらここにいただろう、という生々しい確信が襲いかかる。 母子家庭出身の子が、似た境遇の子と集まって路上で生活してた、でも母子家庭だからって理由で集まっていたわけじゃない、って話があって、筆者は「そんなことはないだろう」みたいに言ってたけど、私にはその子が母子家庭だから集まったわけじゃないと強調した気持ちが痛いほどわかる。 私の友達も、大抵家庭環境が悪い。でも家庭環境が悪いから仲良くなったわけではないのだ、本当に。学校やら趣味の場で知り合って、お互いの素性を知らないうちから仲良くなる。そして、たまたま互いの境遇を知り、ようやく「あれ?」と気づく。何か惹かれ合うものがあるのだと思っている。第三者から見たら同じ属性同士で固まってるように見えても、本人たちは、自分たちがみんな「そう」だとは意識せず友達になって、だからこそ、素性が明かされた時本当の仲間だと感じる。これが逆なら、ここまで上手くは行かない。 一人一人のエピソードが重く苦しい。私が刑務所に行かなかったのは運が良かったからで、私と彼らは仲間だ、この世界に生きるきょうだいだ、なんなら刑務所なんかとは一生縁がないだろうと思い込んでいる世間一般の自認善人たちなんかよりも余程家族だと感じる。彼らの未来が明るいことを願う。どうか更生してほしい。もう二度と誰も傷つかないように、そして彼ら自身も彼らの行いで傷つくことがないように。 私は性犯罪の被害に幾度も遭ったことがある。そしてこの本に出てくる子たちはレイプ犯もいるという。それでもだ。それでも、彼らの未来に幸があってほしい。それが被害者を減らすことになるのだから。彼らの裏側にある支援すべき事情にスポットライトが当たってほしい。そうしたら、未来の犯罪者も減らせるかもしれない。それに、人類の幸福の総量は多い方がいい。 後半の、どのように実践したかの話も参考になった。カトリックの「分かち合い」に似ている。所属教会でも詩の作成を通じた分かち合いなどしても面白いかも。 少年たちの詩に心を打たれると同時に、支援者としての温かな眼差しが、まるで自分まで温かく見守られているようで涙が出そうになった。良い本だし、良い取り組みだ。
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