
みっつー
@32CH_books
2025年12月24日
出セイカツ記
ワクサカ・ソウヘイ
読み終わった
ディズニーシーの『シンドバッド・ストーリーブック・ヴォヤッジ』というアトラクションが好きだ。
こんな長い名前だったのはこれを書くにあたって知った。
『シンドバッドの冒険』くらいのタイトルだと思って調べたら『シンドバッド・ストーリーブック・ヴォヤッジ』だった。早口言葉か。
このアトラクションに乗った人間が抱く感想というのは大体決まっていて、
「チャンドゥ(シンドバッドの相棒のトラ)が可愛かった」
「一生たまご割り続けてるやついなかった?」
「あの人魚ってアトラクションがリニューアルする前はもっと怖かったよね?」
「あそこで雨降ってくんの忘れてたわ」
「なんか猿のところバナナの匂いしなかった?」
「やばい完全に寝てたわ」
などが代表的である。
「思ってたよりも数段おもろいなぁ」というのがこのアトラクションの魅力なのだけれども、私が1番オススメしたいのはライド中にずっと歌われている歌だ。
“人生は冒険だ”
“地図はないけれど”
“宝物探そう”
“信じてCompass of your heart”
この部分を体感では70000回くらい聞くことになるのだけれど、それでも私は飽きることもなく、この歌を聴くと血が沸き立ち、細胞が雄叫びをあげ、巨木に落ちた雷が生み出した火を囲み興奮した原人が如く、気持ちが高揚するのである。
このアトラクションはチャンドゥと『コンパス・オブ・ユア・ハート』で人を呼んでいると言っても過言ではないと思うほどに、この曲は私のテンションを上げてくる。
“人生は冒険だ”
なんてシンプルで勇気が湧いてくる歌なのだ。
私は一度も冒険をした事がない。
子どもの頃からインドアで、インドアの奴にはインドアな友達が集まる。
公園でカードゲームをしてお気に入りのカードを砂利でボコボコにしたり、カービィのエアライドでデデデ大王にボコボコにされたり、ある程度大人になってからも男3人で恋ダンスの練習をして精神的にボコボコになっていたりした。
そもそも冒険というものに馴染みが無さすぎる。
攫われたお姫様も、ゲームオーバーになったら「情けない」と煽ってくる王様も、クリスタル・スカル探しに行こうぜ!と言ってくる中島もいなかった。
中島がクリスタル・スカルに興味あるか知らんけど。
『出セイカツ記』は著者であるワクサカソウヘイさんが、日々の不安から逃れるために、どうやったら不安を薄める事が出来るのかということを、生活を通して、どうにかこうにか生き抜く術を見つけようというエッセイだ。
生活が…冒険?
一体どういう事だろう。
ワクサカソウヘイさんの本は昔から大好きで、中でも『今日もひとり、ディズニーランドで』という作品がお気に入りだ。
この本は「ディズニーランドに通い続ければ何か得るものがあるのでは…?」と一年近く毎日ディズニーランドに通うという気狂いのエッセイだ。
故に「この人なら何かやらかしてくれるに違いない…」という単純な面白さへの期待と、一体今度はどんな束縛を自分に課すのかという心痛を抱えてこの本を読み始めた。
例えば、磯で漁をすることで自然のベーシックインカムを図ったり、食べ物を一切断つ事で合法ドラッグかというような躁状態を味わったり、ただの石や泥団子を売ってお金に変えようとしたり、裸で生活したり、コロナ禍中の1年間何もしないということを体験したりする。
修学旅行で先生から「これが狂言です」と言われればまぁまぁ信じるほどの狂い方である。
しかし、これは間違いなく冒険なのである。
著者は自分を追い込むことで、生活に支障が出るし、体は壊すし、預金通帳の残高は底をつきかける。
これが冒険でなくてなんだというのだ。
もしくは「挑戦」と言い換えても良いかもしれない。
将来的に楽をするために、全力で「生活」する。
そのことこそが「冒険」であると、私はこの本を通して感じていた。
私はここまで生活に人生を全振りする事が出来るだろうか。
いや、出来るはずだ。
少なくとも今やっているゲーム実況は何年間も楽しく続ける事が出来ている。
これはちゃんと、自分の中で挑戦になっているはずだ。
誰が「お金にならない」と言おうと、現実逃避だと言おうと、精一杯、やっている、いや、まだ頑張れるという熱い気持ちが込み上げてくる。
遠くから、歌声が聞こえてくる。
“人生は冒険だ”
“地図はないけれど”
“宝物探そう”
“信じてCompass of your heart”
なんとなく千葉の方から聞こえてくる気がするこの歌声を聞いた時のように、全力で「生活」を送るワクサカさんに背中を押されるように、それに応えるように、僕は明日からもゲームで遊ぶ、全力で、誰かの胸に届きますようにと祈りながら。

