石坂わたる "三島由紀夫 悲劇への欲動 (..." 2025年12月26日

三島由紀夫 悲劇への欲動 (岩波新書)
「三島はK子を、強制的異性愛イデオロギーとロマンチック・ラブ・イデオロギーの規範でしか見られなかったのである。愛している以上性愛に至らざるをえず、そして結婚へと向かうのが当然だという規範に不可能を感じ、離れざるをえなかったのだ。……同性愛を描いた「仮面の告白』『禁色』は、今世紀になってみれば、性の多様性という題材によってむしろ高く評価される。異性愛を「正常」とする作品の規範性に時代的な限界はあるものの、日本の近代文学が男性同性愛文学の傑作を持ったことは、誇れることである。」 「『憂国』(「小説中央公論」一九六一年一月号)の前に、三島は『愛の処刑』を書いている。男性同性愛のアドニス会の機関誌『ADONIS』の別冊『APOLLO』五号(一九六〇年十月)に、『楠山保』の筆名で発表した短編小説である。愛する教え子を死なせてしまった体操教師が、別の教え子からその過失を責められ切腹する話である。血まみれの切腹の最中に交わされる教え子との愛のことばと苦痛の描写が、この小説を特異なものとしている。『愛の処刑』の存在は話では聞いていたが、変名を使っていること、原稿に複数の人の手が入っているらしいこと、発表誌が稀書であることから扱いが難しかった。『決定版 三島由紀夫全集』の編集過程で、ノートに書かれた三島のオリジナル原稿が出てきたのだが、その意義は小さくない。作品の存在自体もさることながら、切腹という行為に、三島の前意味論的欲動が具体化していることがはっきりしたからである。 『憂国』で想像されたことが補われた形である。」 「『身を挺する』『悲劇的なもの』という前意味論的欲動の全的な解放にほかならない。 三島は新潮文庫『花ざかりの森・憂国』の自作解説で、『もし、忙しい人が、三島の小説の中から一編だけ、三島のよいところ悪いところすべてを凝縮したエキスのやうな小説を読みたいと求めたら、『憂国』の一編を読んでもらへばよい』と述べた。」 「『サド侯爵夫人』…三島由紀夫は、澁澤龍彦の『サド侯爵の生涯』(桃源社、一九六四年)に触発されてこの戯曲を書いた。サド侯爵夫人は獄中の夫に終始尽くしながら、サドが釈放されると別れてしまうが、『その謎の論理的解明を試みた』というのである(「祓(「サド侯爵夫人」)」)。」 「『わが友ヒットラー』は『朱雀家の滅亡』に比べれば、政治というずっと卑近な意味を持っている。『さうです、政治は中道を行かなければなりません』というのがヒットラーの幕切れの台詞だが、独裁者となるためにはまずは民衆の支持を得ておく必要がある。そのマキャベリズムに巻き込まれる人物が、ヒットラーを「わが友」と呼ぶエルンスト・レーム※である。三百万人の非正規軍を率いる突撃隊の隊長であるレームは、いまやヒットラーが政権を掌握するための最も厄介な邪魔者になっていることを知ろうともしないし、処刑される運命にも気づかない。『人間の信頼だよ。友愛、同志愛、戦友愛、それらもろもろの気高い男らしい神々の特質だ』。それが自分とヒットラーとを結びつけている絆だと肩じている。 レームと突撃隊は、明らかに三島と楯の会を表している。楯の会など政治の権謀術数から見れば、子ども騙しの集団でしかないことを作者は知っている。しかし同時に三島は、レームの単純な盲信が『神々の特質』であることも知り、この戯曲であっさりと粛正される『三度の飯よりも兵隊ごつこが好き』なレームを、戯画化した上で憧れているのである。このような複眼のどこに作者の力点が置かれているかを見なければならない。」(※ ナチス政権下では男性同性愛が弾圧され、約10万人が逮捕、多くが強制収容所で殺害された。SAリーダーのエルンスト・レームも同性愛者であった。レームはヒトラーの数少ない腹心であり、ヒトラーは当初レームが同性愛者であることを黙認していた。しかし、レームの権力拡大を恐れ、1934年の「長いナイフの夜」で彼を粛清する際、レームの同性愛を「不道徳」として糾弾、これを口実とした。) 「ナショナリズムに落とし込む愚は避けたのかもしれないが、アメリカへの屈折した感情を介在せずに戦後のナショナリズムを披瀝する三島の表現は、大塚英志『サブカルチャー文学論』も指摘しているとおり独特な言説である。『英霊の声』は、批判の目を外に向けずに内なる日本に向けたことで、人間天皇と大衆との結びつきが経済成長を用意し、戦前戦中の記憶を歪めていると指弾することにもなったのである。』 「戦時中『現人神』と言われた天皇は、一九四六(昭和二十一)年にいわゆる『人間宣言』を発して『人間』となった。この単純な神から人間への変化という通念に、三島は与しなかった。 『英霊の声』では『陛下は人間であらせられた』『それはよい』と霊たちは言い、次のように続ける。  だが、昭和の歴史においてただ二度だけ、陛下は神であらせられるべきだった。何と云はうか、人間としての義務において、神であらせられるべきだつた。この二度だけは、陛下は人間であらせられるその深度のきはみにおいて、正に、神であらせられるべきだった。  それを二度とも陛下は逸したまうた。もつとも神であらせられるべき時に、人間にましましたのだ。二・二六事件の際の天皇の人間的な怒り、特攻隊の死から遠くない年の『人間宣言』、それは許せないというのだが、天皇が人間であるのは認めているのである。天皇を人間と認めかつまた神であるべきだとする考えは、人間である天皇個人と天皇制とを分離して見る見方である。 それは、天皇個人が天皇制そのものであると一体化して見ていた昭和の戦中戦後期の多くの国民の天皇観と比較すると、柔軟で実質的でもあった。  白井聡は『永続敗戦論!戦後日本の核心』で『「平和と繁栄」に酔い痴れる高度成長下の戦後日本社会の精神的退魔(それは本書が「永続敗戦」と呼ぶものだ)の元図をそこ(天皇ー引用者注)に求めた三島由紀夫は、まさに意識であった』と述べる。『英霊の声』の霊たちが』平和と繁栄』の浮薄をあげつらい、それと天皇の『人間宣言』とを結びつけて糾弾したのは、その背後におけるアメリカの介入とそれを進んで受け入れた天皇 ーしかしそのじつそれは、日本の大来にほかならなかったー の覚醒を呼びかけた「声」であったということになろう。そしてそれは、二・二六事件に際しての天皇の生な感情の表出に繋っており、その感情には親英米の思考が働いていた点で、戦後日本のアメリカ従属下における『平和と繁栄』をもたらしたと白井聡の思考を敷衍することもできる。」 「三島はまず「国民文化の三特質」として、伝統との連続性である「再帰性」、あらゆる文化の「まるごとの容認」である「全体性」、文化の成果のための関与である「主体性」を挙げる。 このうち最も重要なのは「全体性」である。それは言論の自由を基盤として、「文化の無差別包括性」を持つということだ。「雑多な、広汎な、包括的な文化の全体性」ともあり、「空間的連続性は時には政治的無秩序をさへ容認する」ともある。……このような文化の「全体性」が保障される社会は、歓迎すべき社会である。」
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved