花木コヘレト "キリスト教講義" 2025年12月26日

キリスト教講義
キリスト教講義
山本芳久,
若松英輔
あの若松英輔さんが、聞き手に回っている、というだけで、山本芳久さんとの共著である本書の、面白さが伝わるのではないでしょうか? それに、とにかく、本書の裏テーマと思えるほど、近代批判が本書では繰り返されています。近代から、天使や死者がいなくなったり、霊性が薄れつつあることに、警鐘を鳴らしています。 また、これも近代批判ではありますが、対談の最後半で、若松さんが「貧しさを取り戻そう」と仰っていて、これは本当にその通りだと、感激しました。若松さんは「貧しさ」を、自分が神に埋めてもらわなければならない、欠如を抱えた存在であることの自己認識、というように解説してくださいました。この、どうしようもない欠落を、自己の中で見つめた時、祈りが、半自動的に成立するのだと、私は思うから、感激しました。 もちろん、この場合の貧しさとは、お金をいくら持っているか、あるいは持っていないか、という話ではありません。普段の生活から、あるいは他人の指摘などから浮かび上がる、自己の中の欠如に、気づくか、気づかないか、という話だと思います。私としては、私たちの中に、この欠如が立ち現れてくる時に、絶対者も同時に、まざまざと立ち現れてくるように、思います。 そして、もっと言うと、逆に、自己の空虚を、感じながらも、それを十分に見つめられなかった時、私たちは悪に転落するのだとも思います。埋められない空虚や欠如というものは、誰にでもあることだと思います。だから、その時の、神に祈れるか祈れないかが、大きな分岐点なのだろう、と思います。 そしてそこにこそ、私たちの自由意志が、つまり、神へと向き直れるか否かが、試されるのであろう、と私は思います。 山本芳久さんは、本書が、入門書でも概説書でもないと、繰り返し読者に諭しています。私たちは、本書に、ただこうべを垂れて、聖句に打たれるだけで、良いのではないか、とも思います。
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