本屋lighthouse "「キャンセル・カルチャー」パ..." 2025年12月27日

「キャンセル・カルチャー」パニック
「キャンセル・カルチャー」パニック
アドリアン・ダウプ,
藤崎剛人
『ニューヨーク・タイムズ』に現れた最初の定義は、はるかに的確だった。ブロムウィッチによれば、それは「対象からの全面的投資撤退」。つまり、このキャンセル・カルチャーに関して書かれた最初期の文章を通して、『ニューヨーク・タイムズ』は、このネット上の言説の背後には市場の論理、ファンダムの論理、そして注目(ルビ:アテンション)の論理が働いていると明確に認識していたのであった。それは「撤退」行為であって「規制」行為ではなかった。あるいは「自分の機嫌を自分で取る」行為であって「威圧」行為ではなかったのである。キャンセルする者は、たとえそれがキャンセルする対象に何の影響もなかったとしても、「私はもう注目しないからな」と言うのであった。二〇二二年の同紙の社説では、「キャンセル」という言葉で想像される個人や集団は、一八〇度転回していた。二〇一八年には、キャンセルする者はまだ、集団から身を引いた個人として想像されていた。しかし二〇二二年の『ニューヨーク・タイムズ』の定義では集団が実行する。そして個人が対象になる。(p.120-121) いち本屋が特定の本を置かないと主張するのも「個人的な」「撤退」であるが、残念ながら「集団的な(社会全体からの)」「威圧(存在否定)」であると認識されてしまうことが多い。
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