

本屋lighthouse
@books-lighthouse
千葉市幕張の新刊書店
平日14時-21時/土日祝12-19時(定休:毎週月火/第3水曜)
「こども読書ちょきん」やってます
NO HATE🏳️🌈🏳️⚧️
JR/京成幕張駅徒歩6分(近隣にコインパーキング複数あり)
ここは関口個人の読書記録ですが、読んでいる本はだいたい店頭またはウェブストアにあります。在庫がない場合は取り寄せますので、気軽にご連絡ください٩( ᐛ )و
- 2026年10月2日
- 2026年10月2日
ひたすら、さらに、もっとジャン=バティスト・フレソズ,太田佐絵子本日の入荷と思い出した本本日も無事オープン本日も無事オープンに成功、性懲りもなく大量入荷、棚があふれかえっておりますが、すべての本にときめいている場合はどうすればいいのでしょうか、そもそもときめきに際限はあるのでしょうか、無限のときめきにこそ人生の輝きがあるのではないか、そんなことはさておき千葉にもAI用データセンター設置の話が進んでいるようですね、残念ながらエネルギー=資源はときめきと違って有限ですし、すでに気候変動という形でつい最近もその大きな被害を受けたばかりというのに、こういう性懲りのなさはよろしくない、AIでなにかしたときに得られるときめきは本物か、AIで生成された絵やら曲やら記事やら資料やらであふれかえる世界にときめきはあるか。ないな。その前に地球環境が壊れているだろうけど。 〈新入荷〉『アオのハコ 27巻』『さむわんへるつ 5巻』『ふつうの軽音部 12巻』『神ヨムふたり 2巻』『丘の上の小さな本屋さん』『いつも誰かが入れない 「女人禁制」から考える日本の性差別システム』『香港映画との日々、伏線と回収の間』『韓国について知っておきたい30のこと』『アイヌやめるのやーめた!』『父よ、わが糞尿譚』『文字をあるく』『小説家のための編集教室』『風のつぎにくるもの』『叔父は肩幅が1メートルあったらしい』『獣走』『銃ノ島』『今日、私はパンを買いに行く。』『図説 中国後宮大全』 〈再入荷〉『コーヒーにミルクを入れるような愛 文庫』『おいしいごはんが食べられますように 文庫』『ピエタとトランジ 文庫』『汝、星のごとく 文庫』『眠れない夜は体を脱いで 文庫』『獣の夜 文庫』『わかりやすさの罪 文庫』『武器としての非暴力』『沖縄について私たちが知っておきたいこと』『神道とは何か』『私たちはみんな、失敗を知っている』『アーティストのためのハンドブック』『多聞さんのおかしなともだち 上巻 下巻』『見た目が気になる』『体の居場所をつくる』『急に具合が悪くなる』『水中の哲学者たち』『もっと話を聞いてほしいんだ』『音を立ててゆで卵を割れなかった』『遠くまで旅するような顔だけをする』『光と糸』『ストーナー』『たぬきの本 里山から街角まで』『大学生がレイシズムに向き合って考えてみた【改訂版】』『うどんねこ つるむちっ! コシのひみつ』『うどんねこ ご当地うどんねこ、大集合!』『20 years of memories』『大ピンチずかん』『リミナルスペース』 〈本日の思い出し本〉『ひたすらに、さらに、もっと エネルギー消費の蓄積史』
- 2026年10月1日
- 2026年9月27日
読み始めた作業の集中力が切れ、来客の波がとっくのむかしに途絶えていたことに気がつき、このところ話題のクラブでみんなで本を読むムーブメントの波には乗れない幕張という土地の本屋である私は、これまたこのところ私のなかでだけムーブメントと化しているお店の外でのひとり読書をはじめた。 うつ病かどうかより前に、私は頑張っていたのだ。そして立派に頑張れているとずっと思っていた。ずっと頑張って頑張って、行き止まりまで頑張って、なんとか持ち堪えてきた。その結果たどり着いた先ですべての道が絶たれ、真っ暗などん詰まりに立っていた。(p.61) ここまで読んでお客さんが来た。中に入るのを待って、それから私も入る。 これまでの道もこれからの道もぽっきりと折れていた。後ろも前も途絶え、足場も崩れた、まったくの虚空でひとり、助けは来なかった。突然の真っ暗な空だった。それがうつ病だとは思っていなかった。(同上) お客さんはなにも買わず、あるいはそもそも本を手にとることすらしなかったかもしれず、とにかく本屋に残されたのは私だけだった。これからまた外に出る。外に出てもひとり。 - 2026年9月27日
- 2026年9月26日
焦土資本主義ジョナサン・クレーリー,箱田徹読み終わった当然のように、容易な解決策は提示されていない。こうすればできる、なんて回答は用意されていないし、仮にされているとしたらそれは本書が批判するものになっているだろう。ユートピアはどこにもなく、どこかにあると信じ探し続けている限りにおいてどこかにある、本書もそういうものとして読まれるべきで、つまり私たちひとりひとりが今後どのようにこの世界の規範に抵抗や拒絶をするのかが大事になる。 - 2026年9月26日
焦土資本主義ジョナサン・クレーリー,箱田徹読んでるUXDの目的はしばしば、「摩擦なく、労力を要せず、途切れない」インターフェースの設計にあるが、それは従順で柔軟な消費者を生み出す。「摩擦がない」とは、思考や疑念の欠如を意味するからである。(p.127) 本屋lighthouseでは基本的にポップと呼ばれるものは使わないし、出版部で刊行する本にも「読者の感情を誘導するような文句」は使わないようにしているが、それは読者それぞれの「思考や疑念」を失わせないためのもので、しかしそれは「わかりにくさ」や「めんどくささ」をも生み出すため、これらを嫌がる者は寄り付かなくなってしまうという、ビジネスとしての本屋という観点からするとデメリットとなるポリシーでもある。このポリシーと実践はお店の運営において通底しているため、SNS的な思考と行動の様式が強化される一方の世界においては、これからいっそう苦しくなるやり方なのかもしれない。しかしクレーリーにこうして言及されることで、むしろ元気が出ている。 - 2026年9月26日
焦土資本主義ジョナサン・クレーリー,箱田徹読んでるインターネットは太平洋で急拡大する巨大ゴミベルトのデジタル版である。その内部では、個人や共同体どうしの生きた交流が起こるはずの空間が、グローバルネットワークの蓄積する残骸によって窒息させられている。画像であれ言語であれ、膨大で終わりのないデータの集積は、人を麻痺させる騒音に方向感覚の喪失を生み出す。思考は狭められ、対話の可能性は押し潰される。毎日何百万人もの人々にとって、他者との主な交わりとは、このオンラインの泥沼に漂う断片に一言触れてはすぐ忘れ去ることでしかない。いわゆる知識経済の最大の成果の一つは、無知・愚かさ・憎悪の大量生産である。(p.58-59) - 2026年9月26日
焦土資本主義ジョナサン・クレーリー,箱田徹本日も無事オープン本日も無事オープンしております。昨日から読み始めたジョナサン・クレーリー『焦土資本主義』(人文書院)が序盤からどこもかしこも引用したい箇所ばかりで困っています。SNS、やはりもうデメリットのほうが圧倒的に大きくなっている……。 なお、昨日到着予定の納品がまだ届いておりませんが、おそらく豪雨被害の影響と思われます。もし1年後に届いたとしてもモウマンタイ、それはそれでギフトだぜ……。 〈本日の注目本〉『焦土資本主義 デジタル時代を超えてポスト資本主義世界へ』『「いいね!」の裏側で ソーシャルメディアの無責任が生んだ暴力と混沌』『危うい時代の思考ガイド 扇動・ポピュリズム・フェイクにどう抗うか』
- 2026年9月26日
焦土資本主義ジョナサン・クレーリー,箱田徹読んでる今やインターネット複合体は、個人の成功や自己ブランディングの道具立てを一式備えた存在として、「権力の網の目」が植えつける新たな利己的妄想となっている。そして、その内部から、絶えず変化するソーシャルメディア・プラットフォームを利用することで、あたかも反体制や抵抗であるかのように装うことができるのだ。(p.24) SNSが社会を変革する、という希望はもはやほとんど潰えていて、少なくともTwitterを使っているうちは、あるいはTwitter的な思考と行動の枠組みで動いているうちは、この社会はまともにならないだろう、という明白な予感がずっとある。「真実は明白だ。ソーシャルメディアに革命的主体は存在しないのである」(同上)。 - 2026年9月25日
焦土資本主義ジョナサン・クレーリー,箱田徹読んでるインターネットは確かに反権力的な運動を支えはしているが、結局のところ面白い文章を書けるとか、なんらかの発表媒体を持つとか、(体勢側ではないがまた別の)権力側にコネがあるとか、そういうパワー=権力を持つ者だけが、その主張を響かせることができる空間になっている。つまり「ごく少数の代表者だけが能力主張社会への参入を露骨なかたちで許される」(p.20)。そして「同時に、ソーシャルメディアにおいては、手軽にパッケージ化されたアイデアしか広まりえない。この事実が、急進性や反逆のポテンシャルを持つプログラム――とりわけ、すぐに結果が出ないものや、息の長い関わりを必要とするもの――を骨抜きにし、手懐けている」(同上)。 - 2026年9月25日
焦土資本主義ジョナサン・クレーリー,箱田徹読み始めたかつては少なくとも部分的に自律的だった行為(ルビ:アクション)が、今や「システム適応型」の行動(ルビ:ビヘイビア)へと変わった。(p.13) インターネット的なものがない世界を我々は想像できない。その理由をクレーリーは「感覚麻痺をもたらすオンラインでの定型化された活動(ルビ:ルーティン)を、生きることそのものと取り違えているせい」(p.9)と考える。『知覚の宙吊り』でも述べられていた、自発的に注意=注視していると思っているつもりでも実際にはコントロールされている、という話と通ずるものがある。 - 2026年9月25日
読み終わった優れた文学作品は必然的に社会と接続し、同様に、優れた文学研究も社会に接続する。イングランドの田園風景という「愛国心」の象徴的存在は、たとえばいまの日本における「美しい国・日本」的なモチベーションと重なり合うし、前者が戦争や移民排除の正当性を担保するものとして利用されてきたことと同じく、後者もまた現代の日本において同様の役割を担っている。文学と社会は切り離されているものではなく、密接に関わりあっている。そのことをあらためて感じることができた、ほんとうに濃厚な読書時間だった。 「世界のあらゆる地域がそれぞれ人種の多様化にむかって動いていく必然のなかで、イギリス小説が「場違い」な人間をどう描いてきたのか――それは本書ではあつかえなかったが、二〇世紀後半以降のイギリス小説にとって(イギリス以外の国の文学にとっても)きわめて重要な問題であることは間違いない。イングリッシュネスにかんする文化研究は、ポストコロニアル文学研究と接合していく必然性がある」(p.410)という文章で結ばれる本書は、丹治先生の門下生として私が今後引き受けていくべきものの一端を示しているにちがいなく、研究者というよりは本屋としての在り方になるのだろうけども、往々にして「場違い」な人間および存在でもある自分を生かすためでもあるこの本屋を、どうにかして続けていく。 - 2026年9月25日
読んでる男性にとって「愛国心」とは「戦争に行く気にならせる」帝国主義的でナショナリズム的なものであるのにたいして、ウルフにとってそれは、「戦争を未然に防」ぐ平和主義的でコスモポリタン的なものだったのである(p.360) さまざまな色で色分けされている帝国主義時代の世界地図と対照的に、「闇」によって国境が廃絶された「たんなる土地」のうえで、「人間同士の共感」によってのみ結ばれた、「自由」と「平和」の世界が創造される――ここにウルフの希望がある。(p.363) ウルフ『幕間』の結末をアナーカ・フェミニズムや国境廃絶論的な視点からとらえる、新しい解釈がここにある。指導教授が教壇から降りたあとにこのような思考を展開していることに、言いようのないうれしさを覚えている。 - 2026年9月25日
あるはずの試み友田とん本日の入荷と思い出した本本日も無事オープン本日も無事オープンしております。意図的におかしなバランスにすることで、本日入荷の友田とん新作の「可笑しさ」を寿いでおります。それにしても千葉県内各地の豪雨被害状況はひどいですね。これに対して公的なサポートが迅速かつ十分になされていない、そういう「おかしさ」は求めておりませんゆえ……。 〈新入荷〉『息のかたち 文庫』『民衆宗教 帝国日本の信仰とナショナリズム』『あるはずの試み 友田とんエッセイ・小説集2』『ふたりのあした』『繰り返すことの民俗学』『私を語るための言葉』『たったひとり、私だけの部屋で』『最新科学が証明する ひとり時間のすごい力』『野鳥観察手帖2027』『イカは海のイリュージョニスト』『パランティア 判断を外注する社会』『反抑圧的実践のはじめ方』『ソーシャルワーカーのための反『優生学講座』』『チュコトカ 始まりの旅』『&Premium 2026年11月号』 〈再入荷〉『絵画の政治学 文庫』『フェミニズムはみんなのもの』『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』『プルーストを読む生活』『紙の上で考えることの歴史』
- 2026年9月24日
- 2026年9月24日
元気になれる本日も無事オープン昨日はお店を休みにして、渋谷の松涛美術館で開催中の展示「路上、お邪魔ですか?」を見てきました。お店の前はなんとなく路上っぽいというか、“所有や統治の枠組みが曖昧で、ときに制度へのレジスタンス”ともなる場所としてもっとうまく使っていきたいね!と思いました。 展示を見にいった人はもちろんですが、東京なんかいけねえぜ!という場合は図録がおすすめ。大充実です。これを読み込んで、自分の近くにある「路上(的なもの)」の使い方を考えてみようではないか……ふふふ…… https://shoto-museum.jp/exhibitions/213rojo/ 〈本日の注目本〉『[特大号]路上、お邪魔ですか?』 https://books-lighthouse.stores.jp/items/6a896d76926756b0a38cc592![[特大号]路上、お邪魔ですか?](https://d2vswqi5nxcpat.cloudfront.net/post-images/7310a9e5-1799-4a3a-857b-81918e23a678.jpg)
- 2026年9月22日
ねじの回転ヘンリー・ジェイムズ,小川高義本日も無事オープンわからん祭昨日は読書会を無事開催できて、そのあとお店のWi-Fiが壊れて初期化などをしていたら夜でした。それ以外はだいたい無事、つまり本日も無事オープン。 「わからなくてもいい」を前提にすると読むハードルが下がり、気がつくと読み終わっている、そして意外とわかるところもあるし、わからなかったこともいずれどこかでわかるかもしれない、そういうことが体感できるよい時間だったぜ……と今日もしみじみしています。次回開催は12月を予定、課題本はいまのところヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』になりそう……。確定したらあらためてお知らせします。 〈昨日の読書会の課題本〉『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』 〈次回の課題本候補〉『ねじの回転』
- 2026年9月22日
読んでるモリスにとって国民国家とは、相互に「軋轢」を抱えている「家族」や「種族」(=民族)を「無理矢理」「国民」なるものに「まとめ」ることによって構成される「人工的で機械的な集団」にすぎない。そしてそのうえで、「愛国心」という「おろかしく妬み深い偏見」を「かきたてる」ことで、他の国家への敵愾心をあおり、そのことによっていっそう「愛国心」を強化することによって、差異のなかからかろうじて同一性(ルビ:アイデンティティ)を創造し維持している「集団」にすぎない。(p.193) モリスが見ていたのは「帝国主義的国家どうしの苛烈な戦争としての第一次世界大戦を準備していた一九世紀末」(同上)だが、こうして歴史は繰り返されている。 - 2026年9月21日
遠きにありて、ウルは遅れるだろうペ・スア,斎藤真理子読み終わったわからん祭私が席を離れず、ずっと客席に座ってあなたを見守っているから。私があなたのモノローグを聴いている。あなたが言う、または言わずにいるモノローグを。(p.193)
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