
咲
@lunar_mare
1900年1月1日
寺山修司著作集(第3巻)
寺山修司,
山口昌男
寺山修司という現象に、なぜ私は、こんなにも惹かれるのだろうか。そもそもは、釧路の北海岸で弓子を探す「白夜」を読みたくて、思い切って買った。
それから、ことあるごとに、繰り返し少しずつ読んできた。幼少期から林檎が嫌いだが実家の母が林檎をくれた年末、「アダムとイヴ、私の犯罪学」を読んだ。三島由紀夫の文学館で美輪明宏の「黒蜥蜴」のポスターを見た帰り道、「毛皮のマリー」を読んだ。引っ越し先で偶々、天井桟敷という酒場を見つけ、隅っこのカウンターで「観客席」を読んだ。宮沢賢治を読んで背徳感を抱きつつ「奴婢訓」を読んだ。
「ほうら、事実が死んだ!」「生れてくる赤ちゃんの背中に、あたしの肉のお墓を立てて下さい」「遅い。もう手遅れだ。「前から六列目、右から五番目」に坐った人が今夜の主役になるって台本に指定されてある。あんたはもう個人じゃない、今夜の「事件」なんだ」「林檎はこの世で一番小さな地球!片手にでものせられる「創世記」のいれもの。毎日毎日、林檎を食って食って食いまくってやる…」「観客席は、安全じゃありません。(全員)そう、安全じゃない!」「何がかくされているかわからない。(全員)そう、わからない!」
「たしかにわれわれは日常生活の中で、つねに何かを演じつづけている。人生というものは数十年におよぶ一幕劇であり、その中での虚像と実像との葛藤というのは、そのまま生きるための条理の略奪戦を思わせる何かがあるようである」
「この戯曲は、新宿歌舞伎町を舞台にした私版の聖書である。トイレットペーパーに書かれた雅歌であるとともに、憎しみのバラードでもある。欲深くなったイヴと老いたるアダム。彼ら「作られた人びと」が、自らもう一つの天地を創る日のためにこの一幕を捧ぐ」