
橘海月
@amaretto319
2022年9月25日
読み終わった
#ノンフィクション
ずっと読もうと思っていた一冊。私は栗城史多という人物を訃報で初めて知った。若い登山家としての名声と数多くの批判。彼の滑落死についても、悼む声と同じ力量で当然という声もあり、彼らの発言に滲む悔しさを知りたいと思っていた。
作者の河野は北海道放送のディレクターで、2008年から栗城を取材し2009年に企画が頓挫してからも2010年2月まで彼と関わってきた。栗城の掲げる「単独無酸素での七大陸最高峰登頂」の虚偽にも直接疑問を呈した。何度も栗城に振り回されつつ心底は憎めない様からも、栗城史多という人物像が浮かび上がる。
2009年エベレストに初挑戦し、4度目の挑戦となった2012年には凍傷で9本の指を失い、2018年8度目の挑戦で栗城史多は35歳の生涯を終える。河野はその後関係者に取材を重ね、登山家としての人としての栗城の輪郭を追ってゆく。さながら雪の中を掻き分け踏み固めラッセルするかのように、着実に一歩一歩。
衝撃だったのは、栗城史多の売り文句「単独無酸素での七大陸最高峰登頂」が、単独でないばかりか(これは初期から複数のシェルパやチーム頼りを言われていた)無酸素ですらなかった事だ。最後に彼を追い詰めたのは、夢を共有する応援者だけでなく「たとえ頭頂できても成功にならない」絶望だったのではないか。
もし彼が無事にエベレスト登頂を達成できたとしたら、そこに待ち受けるのは「単独無酸素での七大陸最高峰登頂」をやり遂げた賞賛ではなく、単独でもなければ無酸素でもない「ただの登山家」としての評価だ。彼自身がもう虚像から降りられない、それに耐え切れない状況だったのではと思ってしまう。