花木コヘレト "読書会の教室" 2026年1月4日

読書会の教室
読書会の教室
田中佳祐,
竹田信弥
今年の初めて読み終わった本です。今年は読書会を主催したいので、とても参考になりました。 というのも、私が参加している読書会とは、全く考え方が違う、読書会像が提示されていたからです。 本書においては、ファシリテーションや司会進行が、非常に重要視されています。でも、私が参加している読書会(1回40人程度)は、基本的に司会やタイムキーパーは、ほとんど参加者に丸投げされていて、主催者は全体の時間やチーム分けそれを取り仕切るだけです。もちろん、会の取り仕切りだけでも、忙しそうに立ち働いているのは、目に映るのですが。 でも、本書の、特に後半部においては、司会に、テクストの自立性を尊重すること結構求められていて、これは課題本形式の読書会をメインに取り扱っているからだとは思ったのですが、それが私には印象的でした。 それで、私の参加している読書会がなぜゆるくて、本書が想定している読書会がなぜカチッとしているかというと、それは本書の執筆者たちが、本を売る立場により近いからだと、感じました。つまり、私が感じたのは、本書は、対価の支払われるべき、物質としての、一冊の本というものを、とてもクローズアップしている、ということです。 これに対して、私の参加している読書会、あるいは私自身は、読書「体験」というものに重きを置いてるように感じました。なので、本書が、金額の発生する物質としての本、あるいはテクストそのものに接近するのに対して、私(たち)側は、それを受け取った人間、あるいはその「体験」や感情に接近しているという、違いがあるのだな、と思いました。 簡単に言えば、私(たち)は、ファシリテーションの必要性を疑っているのですが、本書は、本というものが持つ秩序を明らかにするためには、ファシリテーションが必要である、と考えているようでした。 こういう違いが、とても勉強になりました。私は全然、まだ読書会というものを知らないな、と思うことができました。 とにかく、参加者が読書体験を、目をキラキラさせながら発信できる、そんな読書会を作りたいと思いました。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved