
勝村巌
@katsumura
2026年1月5日

戦争の美術史
宮下規久朗
読み終わった
古今東西の戦争を主題にした絵画作品を紹介している本。絵画というものが写真とは異なり、主題性に則って画家の意図を持って描かれるという観点から戦争画は単なる記録ではなく多様な観点を内包可能な記憶でもある、という切り口で読み解かれており、大変に興味深い視点を得ることができた。
2023年に神戸大学の文学部で行われた「戦争と美術」という通年の講義を圧縮してまとめたものとのこと。
古くはメソポタミアやシュメール、エジプトなどの壁画からローマ時代、ビザンツ帝国などにおける戦争描写から、ルネサンス期の表現などを経て近世の戦争表現なども大量の図版とともに代表的な作品が紹介されている。
日本においては蒙古襲来絵詞をはじめ、戦国時代および江戸時代の錦絵の主題としての戦争が紹介され、日清日露を経て第一次大戦を皮切りにした作戦記録画としての戦争の記録が紹介される。
近代以降は世界的な二度の大戦において各国が従軍画家を現地に派遣していた事実が紹介されて驚いた。驚いたが。それはそうだよなとも思った。写真の発明以前ではやはり記録は絵画が主流なわけなので。
イギリス、イタリア、フランス、ドイツ、アメリカなどでは、それぞれの時代によって未来派とか印象派とかそういうイズムがあるわけですが、さまざまなアーティストがイズムに基づいて様式的に戦争をとらえたりしているのも興味深い。
また、イタリアの未来派などは従軍した中心人物が根こそぎ戦死したりして運動が下火になったりしているというのも興味深い。
第二次大戦における作戦記録画における画家の心理についてかなり突っ込んだ分析をしているのが白眉で、特に藤田嗣治の筆の走りについては、人間の極限という画題にぶつかり、軍からの依頼もあったとは思うが、自己の画力と合わせて、どこまで描けるかを限界まで探求した画家の業として捉えており、ここは文体も熱くなっていて読み応えがあった。
東近美の常設展の戦争画のコーナーがしっかりと整備されてきたのはここ数年のことだという。僕は東近美に行くたびに見ているが、やはり藤田嗣治の戦争画には圧倒される。東京にお住まいの方はぜひ見に行かれたし。
黒田清輝なども従軍はしておりスケッチなどは描いていたが油絵のタブローにはしていない。この辺り、日本の戦局を政治家として冷静に見ていたのかもしれず、何か手記などはないのか気になる。
戦後の戦争美術については世界各地に残る戦没慰霊碑や戦争記念碑をはじめ丸木夫妻の原爆絵画やリヒターのビルケナウやキーファーの作品などについて触れられている。
ベトナム戦争のアメリカ国内の表現なども含めて戦争の負の記憶をいかに継承していくかというところに、戦争美術は公的な性格が強く、過去をどのように記憶して忘却するかは共同体が決める、として、戦争美術が集団的記憶を形成する、と述べている。
これは大変に興味深かった。
戦争の記憶は写真や映画、文学などにも表されているが、それらも含めて、どのような記憶や忘却を自分らが背負っていくべきか、考えていかないといけないと思った。
大変良い本でした。


