不眠屋框
@brotlose_lehrer
2026年1月9日
はてしない物語 下
エンデ,M.(ミヒャエル),
上田真而子,
佐藤真理子
読み終わった
幼少期に読みかけたものに再挑戦。
むしろおとなになってから読んで良かったと強く感じた。
上巻、現実パートとファンタージエン国パートが入り乱れるうちは、何故だか気もそぞろで集中して読めなかった。
下巻、話が本格的にファンタージエンに移ってからは信じられないほど没頭して一気読み。
この経験自体、主人公バスチアンの経験と全く同じだと気づいて戦慄した。
全体としてあまりにも上手い、良く出来た作品。
読書を愛する人のためのファンタジーとして、これ以上のものは無いのではとさえ思う。
母を亡くし父との家庭に愛情を見出せず、学校でも不遇な少年バスチアンの苦悩は、彼を「終わりのない物語」への切望に駆り立てる。
上巻では、ファンタージエン救国の使命を帯びた少年アトレーユを応援し、彼を助けたい一心だったバスチアンが、下巻の冒頭ではついに自ら王国を救い大いなる栄誉を得、アトレーユとも友人になり、夢を叶えたかに見えた。
しかしその瞬間から、自分の真の望みを知らないバスチアンの迷走が始まる。
子どもっぽい感情や虚栄心に駆られてアトレーユを煩がり、悪しき讒言を聞き入れて彼を遠ざけ、ついにはその胸に剣を突き立てる。
それでも何故アトレーユがバスチアンを見限ってしまわないのか、結末直前まで全くわからなかった。
今ならわかる。
バスチアンより一足先に「生命の水」を飲んだアトレーユは、(物語の中の人物であるにも関わらず)自身の存在に確信を持つと同時に「愛するという悦び」を体得し、それを命懸けで貫いたのだと。
自らの名さえ忘れたバスチアンに代わって彼の名を高らかに宣言するアトレーユの勇姿に、ただただ胸が熱くなった。
下巻の物語を通じ、アトレーユは常にバスチアンを本当の意味で愛そうとしていたし、バスチアンも最後にそれに気づいたからこそ「生命の水」を持ち帰ることができたのだろう。
そしてプロローグとエピローグ。
古本屋に始まり古本屋に終わる、これほど私たち本好きの心を掻き立てる舞台設定もない。
「はてしない物語は『はてしない物語』だけではない」
という語りが、全ての物語の持つ「はてしない」可能性を謳い、私たちをまた新たな物語へと誘う。
夢と希望を胸に、新しい1日に向かって駆け出して行ったバスチアンの背中は私たちのそれであり、その心を終生忘れないことが、私たちの世界と物語の世界両方を活かす方法なのだとエンデは締めくくる。
今後しばらく、この作品のことを考え続けてしまうと思う。
あまりにも多くの要素があり、悩み多き青少年のための成長物語としても読めるし、夢を失いかけたおとなの復活物語としても読める(バスチアンの父の心の深層などは、おとなであれば一層共感して読むことができるはず)。
また「物語」と「現実」が互いを侵食し合うというモチーフは、陰謀論のストーリーにファクトが押し潰されそうになっている今の時代(それでいて、文学や人間性の価値は限りなく低く見積もられている時代)を予言したかのようであり、エンデの洞察の鋭さには驚かされる。
こんなに素晴らしい作品だとは思わなかった。
やはりエンデはすごい。
読めて本当に良かった。

