cookingalone "金沢・酒宴" 2026年1月10日

金沢・酒宴
金沢・酒宴
吉田健一,
四方田犬彦
解説では、四方田犬彦はこの小説にユートピアを見いだしたようであるが、そんな呑気なものではないだろう。 むしろ、語り手は、モダニズムの縁にまで至って、地と図が判然としない中、金沢という土地にどうにか杭を打って止まろうとするが(語り手が何度も自らのいる場所を金沢であると確認しようとするのはそのせい)、気を抜けば、何処とも判然とせぬ場所になし崩しに崩れて行こうとする自らを感覚によって何とか支えようとしている(「理性にとっての最後の拠点は感覚であって、理性と感覚が一致しない場合は我々が我々の感覚に従うことは、夢を見ている時の我々の心理状態からも解る」)。 だから、語られる味覚や視覚や触覚は、これ以上先にモダニズムの考え方を捨てるしかないという縁の縁で、どうにか自らを繋ぎ止める命綱であると同時に、ついに語り手が感覚に従う時、モダニズムが終わった先の光景を垣間見させるエンジンになっている。垣間見えるのはユートピアではない。むしろ、内在性の問題。 四方田犬彦は、たまにノリで見当違いのことを強弁するという悪癖がある。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved