
ひろき
@bayleaf
2026年1月25日
イメージの歴史
若桑みどり
読んでる
個人的には一月の課題本
美術の解説本ではなく、イメージの社会的作用を明らかにする目的のため、公共空間に設置されたものを多く扱っている。
そのため、戦意高揚の絵画とかだけでなく、紙幣の肖像画や公園の彫刻まで本書は射程に入れる
なかなかに面白く、深い
序
いかに非西洋が野蛮と描かれたか
1章
2章
イメージ生産の目的を6つに大別し、その解説
3章
西欧の象徴主義、プラトンの影響、象徴辞典がぶあついらしい
キリスト教が全ての女性を現在の犯人であるエバの種族として蔑視してきイメージの問題点にも触れる
4章
図像解釈学=イコノロジーの話。マニエリスムのティントレットへの解説が興味深い
6章
キリスト教が(男性と比して)女性、(精神と比して)身体をいかに格下げしていたのかという話はおもしろく、アリストテレスやトマスアクィナスも女性をこき下ろしまくってて閉口する。
7章
前半とくに難しい。
共和政が成立したフィレンツェで、市民的勇気の象徴としてのダヴィデ像の話はおもしろくあった
コジモによって君主制に移行した後、共和制のモニュメントが変えられ、男性が女性に暴力を持って勝利しているという記念碑を建てることが、保守化した体制にとってその必要があった的な話。レイプ像とメドゥーサを殺すペルセウスが例に挙げられるが、彫刻が一変するので結構驚く。
8
ユーディットのイメージの変遷
男性殺しの女としてのステレオタイプだったり
ジャンヌダルクや魔女狩り裁判での火刑のような男性の集団ヒステリーが宗教改革中になぜ流行ったか?
絶対主義国家には血統主義と封建主義が必要だったから
9,10
ドラクロワの名作はすべてが虚構である。という文章が力強い。メソニエのバリケードやドーミエの漫画の方がおそらく実際に近い
実際、ドーミエの「地球の変わり様にガリレオもびっくり」という作品にあらわれる世界への洞察力なんてなかなかすごい
11
大陸発見後にヨーロッパ側が書いたアメリカ像はそれぞれ異なっていた話。人は見たものを描くのではなく、信じたものを描くので、白人として地上の楽園(エバとしてのイメージ)として描くこともあれば、黒人として、野蛮人として、文明によって支配されることを待っているとして、あるいは資源が豊富と描かれることもあった
12
伝統は大抵近代化の過程で作り出されたものであるという話。ギリシャ的身体の称揚などが例
万博や植民地博物館が19世紀から20世紀前半に何をしてきたかという話。初期の現地人展示から、植民地との関係をイメージ化させ(私たちが平和と富をもたらさなければいけないという)てナショナルプライドを刺激させるものに変化していった話
夏目漱石は、1900年のパリ万博について、世界の縮図の支離滅裂ぶり。神経症を呈した国際資本主義の巨大な見世物小屋を前にして、大衆は痴呆と化す
13
実際神もなくもなくなった。現代においては、崇拝すべきものは自国の崇高な歴史であり、人種的区別である。シズムの文化には、新しいものはなく、ただ古いもののリバイバルと単純さ、明瞭さだけだとモッセは述べている。
ファシズムのシンボルが、古代ローマとフランス革命で使われた矢束であること、ナチスのシンボルが古代ローマの鷲あることがそれを端的に示している
制服は命の機械化の兆候だと、『敵の顔』という画期的なイメージ政治学の本を書いたサムキーンは指摘している。これは権威への服従、匿名性の勝利、個人の抹消そして全体への融解であった。
ただ、p.387のオリンピック p.397のスポーツという単語が明らかに浮いていた
14章
東京の公共彫刻について
序盤で都庁の彫刻をめった斬りする。かなり筆が走っている
人種的な体型からくる模範美への劣等感を培養
専制的な
p420
三宅坂公園の平和の群像について
男性-武装との対比という意味で裸体が平和のイメージを強烈に訴えたことはいいとしつつ、平和を女性性としてイメージする男性の視線の刻印だよね?という投げかけ
自由の群像やを引き合いに出す(カレーの市民やロダンの地獄の門頂上群像の影響があったものとのこと)。
p426 日本の都市空間に林立する意味のない裸婦像は、その意味のなさのゆえに選ばれたのである。(西欧の主要な女性像はアテナ型の威厳のある女性らおおいなる母の像)