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1900年1月1日

教育
遠野遥
読み終わった
人間がより集まると、その集団がひとつの生きもののようだなと感じることがある。トランスヘイターとかをみていると…(トランス差別はあってはならない。)
その集まった集合体(?)が、恐ろしい方向へ進んでいくケースが、映画「ミッドサマー」とか、この本「教育」によく描かれているかな、と僕は思っている。気持ち悪すぎてどちらも見返したい作品ではないけど、この本を読んで良かったと思ったし、この世に必要な衝撃をくれる作品だと思う(※気持ち悪くすることを意識して描かれていると思う)。
閉鎖された環境の人間の集合体が、気持ち悪くて恐ろしい場所へしばしば行き着くという事を、我々は、自覚しなければならないと思うから。
「教育」で描かれる学校は、僕が通っていた学校機関の気持ち悪い部分を誇張しまくった結果のひとつだと思う。僕の頭の中では、不協和音、不穏、不気味の言葉がずっと渦巻いていた。
主人公の学校の評価システムは、今もこの世界で確固たるものとして機能しているシステムでもある。それらを無視して進むことはできないし、無視して進むならシステムの一部になるということで、「個」は失われて、私の体は、私のものでは無くなっている。
集合体の一部になって、アイデンティティを奪われる事を拒絶すると、システムからこぼれ落ちる。そのとき、絶望はあるが、だからこそ個の輪郭を確かめやすいような気がする。同質性が高くて、従順な扱いやすい存在だけのいる世界は、気持ち悪い。
