あとらく "日本語ラップ 繰り返し首を縦..." 2026年1月18日

あとらく
あとらく
@atoraku_
2026年1月18日
日本語ラップ 繰り返し首を縦に振ること
「おそらく、BESのあの未聞のフロウとは、疚しい良心からの決別のラップなのだ。」(p.237) 日本語ラップ的に思考すること、それは「一人称」において思考することである そのような姿勢を/で書いた批評は当然無謬ではなく、イビツさを突き抜けさせことを志向するものだ 個々の現代思想家の文章の解釈はともかく、こうした文章に出会うことが批評に出会うことだよなあと思った 美しい そしてラッパーたちがラッパー=思想家みたいに書かれているのが本当に良いと思う 分析の流れといい目指す場所といい、自分が書いた卒論をよりちゃんとやってるやつみたいだ
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