クリス・ティック "新しい世界を生きるための14..." 2026年1月20日

新しい世界を生きるための14のSF
新しい世界を生きるための14のSF
murashit,
八島游舷,
宮西建礼,
斜線堂有紀,
芦沢央,
蜂本みさ
まだSF作家として単行本を出していない、新人SF作家だけのアンソロジー。でも全部ハズレがなくて凄い。各テーマごとの編者解説も充実で色々な意味で新しいSを盛り上げるための入門書って感じだ。中でも「大江戸しんぐらりてい」「ショッピングエクスプロージョン」の2作がドンピシャ好み。以下収録作ごとのコメント。 「Final Anchors」 テーマはAI。トロッコ問題とAI問題の応用で分析的な筆致と現代性はよし。一方でトロッコ問題を題材にするにはオチが予想の範疇を超えるものではなく佳作といったところか。 「回樹」 テーマは愛。死者を吸い込み遺族の感情を操る謎の人型樹木!魅力的なギミックと死別百合の相性が良く世にも奇妙なテイストで結構好き。雰囲気特化ではなくそのような存在がなぜあるのか、社会に表れたら人々はどうするか、という分析要素も手堅く奇想SFの本懐。 「点対」 テーマは実験小説。元が同人誌だからこそできた文体ギミックを単行本にした苦しさはちょっとあるけどムードと文体実験は良く出来てる。でも収録作の中では意匠強めでパワーはそこまでかな。 「もしもぼくらが生まれていたら」 テーマは宇宙だけど改変歴史に入れてもいい。メッセージ性と小説の馴染ませ方は本書でも一番際立っている。あるイベントが起こらなかった世界を舞台に小惑星衝突に立ち向かう高校生の青春を表にしながら、大災害に対する人類の叡智、一見拍子抜けな結末からは科学というものへの信頼も浮き彫りになっている。将来性は一番感じた作家。最後の1行が鮮やかすぎて脱帽。でもちょっと頭で書きすぎた感じはあるわね。 「あなたの空が見たくて」 テーマは異星生物。魅力的な異星生物はその生態系を的確に情景として描くだけでもものになるという自信を感じる。編者解説も言う通りとりたてSFでは珍しい生き物でないのに文章の美しさが飛び抜けてて読ませる。 「冬眠生物」 テーマは動物。早い話がケモナー獣人叙情物語だけど、冬眠中熊は他の熊の記憶の世界に繋がっていける、というワンアイディアで切なく美しい失恋小説にしている。着想的に民話や神話の要素も取り込んでるんかな? 「9月某日の誓い」 テーマは超能力。すでにミステリ業界では有名な作家なのもあるのか筆の達者さでは本書でもナンバーワン。百合小説としても極めて上質で、繊細な雰囲気と作中異能をめぐる謎と伏線回収の気持ちよさが見事に両立している。といっても真相も能力の正体もそんな意外性のあるものではないのだけど、ストレートで投げてストライクをきちんと取ってくる感じ。あと危機を打開するときに能力の詳細を解説するとこれだけ百合に振っても熱血少年漫画っぽくなるのね。 「大江戸しんぐらりてい」 テーマは改変歴史。本書収録作で個人的には最強。徳川光圀や関孝和といった実在人物を出して、算術と和歌研究という突拍子もないものを結びつけながら、神話的スケールのとてつもないビジョンと派手なエンタメを見せてくれる。SFに限らず小説には鮮烈なインパクトとビジョンを求めているのでドンピシャ。 「くすんだ言語」 テーマは言語。そのままやね。翻訳ツールの発展による未知の言語の誕生と人々への影響という筋立てはワクワクするし、よくあるネタだからあえてスケールを広げすぎずに父と娘の物語に絞ったのも悪くない。けど虐殺文法以後の小説としてはやっぱ地味かなぁ。期待したほどには届かなかった。 「ショッピング・エクスプロージョン」 テーマは環境激変。ドン・キホーテで、ワンピースで、サイバーパンクだ。バカバカしく猥雑で意識が低く、なのに熱い。つまり最高の小説だ。ドン・キホーテをイメージしたであろう自己増殖する激安の殿堂が世界を覆い尽くしたポストアポカリプスで創業者が残した宝物「サンピース」をめぐる冒険が始まる。サンピースとか言うてる時点でアホですね。パロディも多いのにどういうわけか冒険物としてはガッツリ骨格がしっかりしてはる。 「青い瞳がきこえるうちへ」 テーマはVR/AR。身体障害者でも脳を使った仮想空間でのスポーツなら感覚を得られるよね?という小技でもおっと確かにそうだなと興味深さが募るけど、本題はスポーツ小説としての爽やかさと熱さにある。漫画化しても向いてる感じのシナリオ。 「それはいきなり繋がった」 テーマはポストコロナ。でも実態はコロナ禍をフックにしたパラレルワールドものか。コロナのなかった世界とコロナのあった世界が繋がってしまって、しかもなかった世界にはコロナも映らない、という設定が魅力的。世界観描写と主人公カップルと反転世界の主人公カップルのドラマも両立できているししっかりした技術を感じる。 「無脊椎動物の想像力と創造性について」 テーマはバイオテクノロジー。改造によってとんでもない糸による生産力を得た蜘蛛により変貌した世界が舞台だが、パニック映画じみた筋書きに対して「生き物が進化により得た世界に働きかける力は人間の想像力や創造性と変わらないんじゃないか」という問いかけがメイン。思索性豊かだが、きれいな京都が蜘蛛の巣に覆われて焼き払われて大炎上するので……きれいなものが燃えてると楽しい!のも加点ポイント。 「夜警」 テーマは想像力。編者解説でも言う通りブラッドベリっぽさのある叙情奇想SF。めちゃくちゃ怖いドラえもん。穏やかな導入から世界観がわかって宇宙的恐怖の片鱗に触れた感覚は気持ちよかった。編者はブラッドベリにも届きうると書いてるけど、わかりやすいものの流石に文章のパワーはブラッドベリには敵わんと思うね。でもかなり面白い。
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