nul "中島梓と「やおい」の時代" 2026年1月17日

nul
@nul
2026年1月17日
中島梓と「やおい」の時代
絓秀実の「68年」論を承け、1972年の早稲田大学におけるまさに「革命」以後の「生政治」が恐るべき形状で具現した「川口君事件」という強烈な体験が、中島梓による「やおい」あるいは『JUNE』の原点にあったことが、卓抜した筆致とそれを傍証するおびただしい量の引用によって暸に示される。「ゴーカン」という言葉に象徴的なそれらが描く暴力は、「BL」研究の「教科書」的な記述がこれまで取り零し、ないし「進化」によって乗り越えるべき/すでに乗り越えられたものとされてきたものであったが、本書の記述を踏まえると、そうした謂いは少々早計だったかもしれないと考えざるを得なくなる。むしろ、欲望としての商業化に「適応」できた作品のみが「BL」として今日受容されている様をこそ中島は(不十分ながら)批判してきたのではなかったかと改めて問われ直す。 四者四作それぞれのテクストを丹念に読み解いてゆく後半四章の論考も実に独創的で刺激的。何度でも味読したい。
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