中島梓と「やおい」の時代
7件の記録
古屋 いつか@ameyuki2026年3月13日借りてきた貸出期間中に読み終わらなかった。繁忙期に片手間に読める情報量じゃなかった。 いくつもの筆名を持つ小説家、書評家、批評家、中島梓。現在のBLの源流となった、でもBLではない「やおい」。 私は、同人誌のやおい本が本屋さんでBLとしてラッピングされるのをギリギリ目のあたりにした世代なので、そうだよねえ、やおいはBLではないよねえ、とそこは同意できたけど、やおいとJUNEも違った気がするなあとも思いました。 「川口くん事件」は知らなかったなあ。そもそも1968年と全共闘時代について知識が無さすぎて、一つ一つにへえぇと思ってばかりでした。 注釈も興味深くて一生懸命読んでいたら、全然読み進められなかったので、近いうちにまた読んでみます。 読めたところまでで1番好きだなと思ったのは、BLは商業主義に囲い込まれて売り手に都合よく飼い慣らされた商品、みたいな分析でした。

- nul@nul2026年1月17日読み終わった絓秀実の「68年」論を承け、1972年の早稲田大学におけるまさに「革命」以後の「生政治」が恐るべき形状で具現した「川口君事件」という強烈な体験が、中島梓による「やおい」あるいは『JUNE』の原点にあったことが、卓抜した筆致とそれを傍証するおびただしい量の引用によって暸に示される。「ゴーカン」という言葉に象徴的なそれらが描く暴力は、「BL」研究の「教科書」的な記述がこれまで取り零し、ないし「進化」によって乗り越えるべき/すでに乗り越えられたものとされてきたものであったが、本書の記述を踏まえると、そうした謂いは少々早計だったかもしれないと考えざるを得なくなる。むしろ、欲望としての商業化に「適応」できた作品のみが「BL」として今日受容されている様をこそ中島は(不十分ながら)批判してきたのではなかったかと改めて問われ直す。 四者四作それぞれのテクストを丹念に読み解いてゆく後半四章の論考も実に独創的で刺激的。何度でも味読したい。


