DN/HP "老いた男" 2026年1月23日

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2026年1月23日
老いた男
老いた男
トマス・ペリー
古本で何気なく買っておいたけれど、これは少し思いがけず最高で、犬が愛おしくもなる一冊だった。 冒頭にある、動物管理局から引き取った黒くて大きくて毛むくじゃらの兄妹犬デイヴとキャロルの描写、かれらと老いた男(オールド・マン)の暮らし、イヌ(作中の表記は何故かカタカナなのだった)への愛、イヌからの愛。すべてが愛おしく描かれていて、もうそこだけでこれは素晴らしい小説だろう、だってこの作者もイヌを愛しているから、と勝手な想像で思っていたりして。 しかしその直後、そんな愛のある生活を脅かす過去に追いつかれ、逃走を余儀なくされてしまう。逃走はもちろんイヌたちと一緒にはじまり、かれらに助けられもするのだけど、更なる逃走のためにイヌたちと一時期別れなくてはならなくなってしまう。ああ。ここからは捻じ曲げられ利用された過去を否定し、イヌたちとのこれからも続くはずだった未来に戻るための逃走の日々、そういう物語になった。わたしの中では。文章には書かれなくとも主人公はいつだってイヌのことを忘れてはいない、そう想像しながら読んだ。せつない。 はたして彼はイヌたちと再会できるのか、そのスリルよりも不安が大きくなり過ぎて、最後の方のページを先に読んでしまったり(というのも読書の仕方のひとつだ)もしたけれど、改めてそのシーンに辿り着いたときにはしっかり泣いていた。やはり素晴らしい物語というものは、そのラストシーンに至るまでに必要なことが過不足なく書かれていて、それを読み続けることで(既に最後の頁を読んでいたとしても)感じることが出来るものがあるのだな、と当然のことを鼻を啜りながら改めて思ったりもした。 この小説にはそれ以外にも幾つかの物語も描かれていて。 主人公の逃亡中に出会う、夫に裏切られ離婚し一人暮らしの孤独な中年女性、年齢よりも大分若くみられる黒人の特殊工作員。主人公と出会うことでそれぞれ、彼女は自ら決断をする、せざる得ないことで逃亡という前進をし、彼は自らの信念によって「主人」に従うことをよしとせず、「ボーイ」から「マン」になる。 そして、かれらとの出会いを経て逃亡中の主人公にも変化が訪れる。過去を否定しながらの逃亡から、未来を取り戻す、肯定するためについに攻勢に出るのだ。それぞれがそれぞれのやり方、決断によって人生をコントロールする為に成長する物語。そんな風にも読んでいた。 特に老いた男が未来のために変化、成長する、というのはかれが主人公だということを別にしてもとても印象的だ。先日読んだポール・オースターの『サンセット・パーク』からこの小説の主人公と同世代のモリス・ヘラーの言葉をもう一度引いてみれば、人は常に「不可避の滅びと、持続する生の可能性との境目にまたがっている。全体として、状況は寒々としているが、希望を持たせてくれる徴候もいくつかある。希望とまでは言わずとも、諦めと絶望に屈してしまうには早すぎる」ということだろうか。人には生きている、その「境目」にいる限り常に未来があるし、成長することも出来るし、希望の徴候も探そうと思えば、ある。「諦めと絶望に屈してしまうには」常に「早すぎる」。そんな風にまた信じたくなったのだった。そして、そんな人生の傍らにイヌがいれば、それはもう全部OKになる、かもしれない。そんな人生とまだ見ぬイヌのことを思っている。「おじいちゃん(オールド・マン)っていうのは、イヌを飼うものよ」というこの小説のはじまりの一言を真剣に受け止めておくべきかもしれない、とも思っている。わたしがオールド・マンになったときにも傍にもイヌがいてくれれば良いのだけれど。
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